「ぜんや」に落ち着きが戻り、美味い料理も健在 ー 坂井希久子「居酒屋ぜんや さくさくかるめいら」

前作の「ころころ手鞠すし」で、居酒屋ぜんやの切り盛りする美人女将の「お妙」さんを付け狙っていた、犯人が捕まり、一安心といったところの「居酒屋ぜんや」の”いつも”が描かれるのが本書『坂井希久子「居酒屋ぜんや さくさくかるめいら」(時代小説文庫)』

【収録は】

藪入り
朧月
砂抜き
雛の宴
鰹酔

の五篇で、お妙さんが狙われた理由は未だ藪の中なので、すっきりしないところはあるが、ひとまずは「ぜんや」で只次郎ほか常連が集っての、穏やかな「居酒屋」の日常が続く。
ということで、各話のあらすじと「お妙さん」のつくる注目料理をレビュー。

【あらすじ】

◯第一話 藪入り◯

「藪入り」は、第一巻の「蕗ごはん」の「梅見」で、お妙さんの巾着を盗もうとしたのが縁で、飛び出していた奉公先の俵屋に戻ることが出来た「熊吉」の藪入りの話。もちろん、「ぜん屋」は熊吉の生家ではないが、親を亡くしている熊吉にとっては、実家のようなものといったところであろう。話の筋は、藪入りで戻ってきた熊吉とお妙が「凧」を揚げているところに、同じく藪入りしてきている小僧・丈吉が「喧嘩凧」を仕掛けてくる。彼にもなんきやら事情がありそうで・・・といった展開。藪入りというのは「お盆の時期と正月に、奉公に行った子供や女性が実家に帰ること」をいって、住み込みが原則であった昔の商家に勤める子どもとその親にとっては、なによりの楽しみであったよう。なので、落語の「藪入り」をはじめ、人情噺のネタとしてよく取り上げられるのだが、本編も女房が死んで飲んだくれになった父親が息子に更生させられる話と、お妙と熊吉の「血のつながりはない」親子の情など、しんみりとしたものに仕上がっている。

注目どころの料理は、熊吉が蓮根嫌いを克服した「蓮餅」で

お妙は熱したごま油の中に、俵型にまとめたタネを沈めてゆく。タネは擦り下ろした蓮根とつなぎを混ぜたもの。熊吉ご所望の蓮餅である。
それがカリッと揚がるのを待つ間に別の小鍋に味付けをした出汁を沸かし、しっかり泡立てておいた卵を長い入れて蓋をする。少し待って火から下ろし、続いてしゅわしゅわと泡を立てている蓮餅を引き上げ油を切った

をはじめとして、お妙さんが熊吉と丈吉に振る舞う昼食がとても魅力的である。

◯第二話 朧月

2つめの「朧月」は、只次郎が手塩にかけた「鶯」の「ルリオ」を主人のために、ぜひ譲ってくれという大身の旗本の用人・柏木が現れる。柏木の主人は、勘定奉行・久世丹後守と聞いて、出世を願う只次郎の兄は、「ルリオ」を譲れと言いはじめ・・・という展開。

注目料理は、只次郎が、ルリオの譲渡話の決着をつけるために柏木と「ぜん屋」で会った際の「豆腐づくし」。

賽の目に切った豆腐を竹笊に入れ、揺すって角を取り、からりと素揚げしたものだという。味付けは塩と粉山椒。口に放り込むと外はカリッとして、内側から豆腐の甘みが滲み出る

という「霰豆腐」などなど。豆腐料理といえども侮れぬ。

◯第三話 砂抜き

三話目の「砂抜き」は、只次郎の「恋」の邪魔者になりそうな浪人もの・重蔵が登場。そして、登場の仕方が、「ぜんや」に乱入してきた酔っぱらいの御家人二人組を撃退してくれるというものなので、腕に自信のない「只次郎」は分が悪い。

注目料理は

丁寧に引いた出汁に赤黒い味噌を溶くと、甘みのある深い香りが広がった。
いい味噌は香りだけでなく、味にも奥行きを出してくれる。お妙は汁を小皿に取り、味を見て満足気に頷いた。
その汁に刻んだ葱を入れ、しんなりするのを待って火から下ろす。土鍋で炊いておいた飯を器に盛り、その上から汁を回しかけた。

という馬鹿貝の「深川飯」。今どきの深川飯はアサリを使うが、この頃は馬鹿貝の身を使う、と本書にある。このあたり、いつの間には古からの料理が「変質」する要素をみる。

◯第四話 雛の宴

第四話は、「ぜんや」に乱入してきた酔っぱらい侍を撃退できず「お妙さん」にいいところを見せられなかった只次郎が、剣の稽古を始める。一方、只次郎の兄は弟に対抗して「学問吟味」をうけるべく「四書」の受験勉強を始める。両方とも、苦手な分野で一向に上達せず・・、といったところで、雛祭りの祝いの席で、只次郎の兄の娘・お栄が仲を取り持つ話。兄弟喧嘩や親子喧嘩というのも、大人になれば意地の張り合いが先に立つのだが、子供の無邪気な仲介には敵わない、というところである。

注目料理は、本書の表題の「かるめいら」でも、雛祭りの「手鞠寿司」でもなく

七厘に載せられた杉板が、深い盛りの奥にいるような清々しい香りを放っている。
火がつかぬよう、ひと晩水に浸けておいたらしく、その水気が蒸発してよけいに香りが立っている。薄い杉板の上には塩が敷き詰められ、さらに大ぶりの蛤が三つ並べられていた。
(略)
やがて貝の口がぽこんと開き、只次郎は「おおっ」と歓声を上げた。貝の出汁がじゅくじゅくと泡立ち、煮えている。

という蛤の杉板焼きである。前話の「馬鹿貝」とともに、江戸前の豊かさを表してますね。

◯第五話 鰹酔い

第五話は、夫婦そろって「ぜんや」の料理のファンである造り酒屋「枡川屋」の主人が、初めての子の出生祝で、江戸っ子の憧れ・初鰹で祝の昼食会を催す話。
その席で、只次郎が飼育している鶯の「ルリオ」の雛の争奪戦が繰り広げられるのだが、金魚やメダカや鶯といい、日本人の興味が内を向くと、とんでもないこだわりと熱を帯びるものだから、この雛も行方も後々騒動になるような予感がする。

注目料理は、もちろん、この話で数々供される「鰹」料理なのだが、以外に”がつん”とくるものは少なくて、

鰹の血合い肉だけを削ぎ取って、細かく刻んだ生姜、葱、味噌と共に包丁で叩いたものである。手で摘んで食べられるよう、それを大葉でくるりと巻いてみた

という「血合いの叩き」という小品が一番出色かな。

【まとめ】

「お妙さん」をめぐるストーカー的事件が一段落して、ちょっと幕間のような感じがするのが本巻なのだが、「ぜんや」の居候となる「重蔵」や、やりての商人ながら”メダカ”道楽の「近江屋」の登場など、次作以降の展開に向けたキャストも登場してきた。第一巻から第三巻のおさらいとして読んでみてもいいかもしれんですね。

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