「ぜんや」は今日も大賑わい — 坂井希久子「居酒屋ぜんや ふんわり穴子天」(時代小説文庫)

江戸の町中の居酒屋を舞台に繰り広げる、人情時代もの「ぜん屋」シリーズの第2弾
今回の収録は
「花の宴」
「鮎売り」
「立葵」
「翡翠蛸」
「送り火」
となっていて、第1巻を読んだ方は、その最後のほうの「お妙さん」を妾にしようという企みのその後を知りたいとは思うのだが、残念ながらそれは持ち越し。
代わりに、第1作の設定をさらに掘り下げてあるのが第二巻。
まず「花の宴」は文字通り、「花見」が舞台。ここに只次郎の兄嫁・お葉の実父で、与力の「柳井殿」が紛れ込んできたところで座が複雑化する。ご存知のように、江戸のモテ男は町火消しか与力かといったところであったそうだから、只次郎としても心穏やかでないといった設定。そして、話をリードする料理は「桜鯛」で、黒胡麻であえて黒い刺し身になっていたものが、「花見」の宴にふさわしくあでやかに模様替えするところが爽快感を与えるとともに、粋で通している「柳井様」の意外な家族思いなところにおもわず「ほう」と微笑ませる
「鮎売り」は、お妙さんが、多摩の奥から鮎を売りに来ている娘から傷物の鮎を全部買い上げるという豪気な仕業から始まる話。お妙の姉・お勝の亭主が登場。リードする料理は、表題にあるように「鮎」なのだが、炙った鮎だけだはなく、風邪をひいてしまったお勝のためにつくる
炙っておいた賄い用の鮎を、土鍋に入れて鮎と煮る。
柔らかくなったころに頭を持ち、箸で身をこそげて骨を抜き取った。味をみて軽く塩を振り、身もワタも一緒にざっくりと混ぜる
という「鮎粥」が珍しい。そして話のオチは「鮎」にちなんで「蓼」。
「立葵」はひさびさに只次郎の生家にまつわる話。発端は、甥の乙松が父親に厳しくしつけられるところから始まり、途中、体調を崩している只次郎の母親の養生用に「鴨」が調理されるところが話の中ほど。並行して、いま育てている鶯の雛が鳴かない理由が明らかになるのだが、この雛がメスであることと、才能溢れているのだが、江戸時代に生まれた女性である、姪のお栄の将来がオーバーラップして少し悲しくなりつつも、逆に「お栄」にエールを贈りたくなる。
「翡翠蛸」は、「ぜんや」のなじみ客の酒問屋升川屋と若女将の「お志乃」の夫婦喧嘩が最初は主に語られる。ただ升川屋の浮気話がメインではなくて、口ではそっけないが若女将にぞっこんの升川屋とお志乃の、まあ痴話喧嘩をネタに、「お妙」が再婚を勧めれるも死んだ亭主のことが忘れられず、それを間近に見る只次郎が嫉妬まじりにやきもきし、といったところが本筋か。ちなみに「翡翠蛸」は蛸ときゅうりをおろしたものとの酢の和物で、創作料理っぽいですね。
「送り火」は盂蘭盆会の頃の話。この頃江戸市中で評判になっている「髪切り」の話が伏線。この話で、2巻目の表題となっている「穴子」がやっと登場。しかし、表題に「穴子」と出ているのに収録話の表題にかけらもでてこないのはどういうことか。
ただまあ
口からほくりと湯気が上がる。
さくりとした衣と、淡白な白身のふわりとした食感がたまらない。
じゅわっとにじみ出るごま油の風味。衣が軽く、大きめに頬張ったひと口が瞬く間に消えてしまった。
穴子の天麩羅である。
(中略)
鰹出汁に、味醂と醤油を利かせたつゆだ。浸すと熱々の天麩羅がしゅわっと音を立てた。
といったところで”良し”としようか。
そして、第1巻目と同じく、次に続く謎が披露されていて、送り火の煙の向かうに「お妙」が男の人影を見る。どうやら、彼女にはその姿が・・、といったところで思わせぶりに終わるのである。
次巻を待て、ということか。

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