江戸情緒と人情の「宮部ワールド」へようこそ ー 宮部みゆき「堪忍箱」(新潮文庫)

(この記事は2018.10.14にリライトしました)
 
おなじみの江戸もの。
 
今回は古い大店(おおだな)にかけられた呪いの顛末や仲の良い幼馴染や長屋の住人が垣間見せる一瞬の闇など庶民の暮らしをなぞりながら、底に流れる暗闇を描いている。
「本所深川ふしぎ草紙」以来の江戸ものも円熟味を増して、どっぷりと江戸情緒と人情の影にふれる短編集である
 
 
 

【収録は】

 
収録は
 
「堪忍箱」
「かどわかし」
「敵持ち」
「十六夜髑髏」
「お墓の下まで」
「謀りごと」
「てんびんばかり」
「砂村新田」
 
の8篇
 

【あらすじ】

 

◯「堪忍箱」

 
開けると店(近江屋)に不幸がふりかかえると伝えられる堪忍箱。その箱には喪の花、木蓮の螺鈿飾りが施されている。店の火事で祖父を失い、人事不省となった母親を抱えることになった、お駒は、その日以来、堪忍箱と起居をともにする。その暮らしの中で、箱を抱えて「かんにん、堪忍」といっていた父親や母親、祖父の姿が去来する。
そして店に火をつけた女の登場、そして、お駒は、歴代の近江屋の怨念が封じ込まれた箱と生死をともにする決心をしていく・・・
 

◯「かどわかし」

 
出入りの大店の坊ちゃん(小一郎)から、自分をかどわかして、店から身代金をせしめるよう頼まれる畳屋の箕吉。小一郎は、その金を実家へ帰った乳母へ届けるつもりらしい。
子供の乳母を慕う気持ちが、偽のかどわかし事件を引き起こし、ひいては、お店の取り潰しまで発展する。
 
小一郎の兄を、小さなときに死なせてしまい、そのため、乳母に小一郎を預ければ、小一郎の気持ちが離れてしまったと悩む、母親おすえの独白が悲しい。
店がつぶれた後、貧しいながらも親子二人で暮らす、おすえと小一郎は本当の親子になれたのかもしれない。
 

◯「敵持ち」

 
世話になった師匠に頼まれて、大きな居酒屋「扇屋」の手伝いに通っている板前の加助。
彼は、ちょっとした誤解から、扇屋の女将に懸想する客に命を狙われることになる。
命を守るため、長屋の浪人に用心棒を頼むが、頼んだ初日、彼と用心棒は、金貸しが殺されている現場に遭遇する。
実は、扇屋の女将と客は以前から懇ろで、金貸し殺しを加助に罪をなするつける企み。
 
用心棒の浪人が、実は嫉妬深い殿様から上意討ちにされている侍というのは、でき過ぎの感あり。
 

◯「十六夜髑髏」

 
十六夜の月の光が、一筋でも主人にさせば、主人は死んでしまうという呪いをかけられた店に奉公にあがった娘、おみち。
彼女が奉公にあがって、初めての十六夜の日、店は近くから出火した火事にみまわれる。
自分の命を救うため、主人に月の光がさそうと構わず店の雨戸を開け放つ奉公人達。
 
それは、この店へ呪いをかけた初代に殺された者(おそらくは初代の主人)が願う奉公人に裏切られる主人の姿の再現。
 

◯「お墓の下まで」

 
親に捨てられたり、親を亡くした子供を何人もわが子のように育てている差配の市兵衛。
彼に育てられている、親が食い扶持を減らすために捨て子を装って、市兵衛に預けられている兄妹の秘密。そして、市兵衛がわが子のように捨て子を育てる理由。
 
みな、墓の下までもっていく秘密を持ちながら、信頼しあっている義理の親子の姿が、何かしら温かい。
 

◯「謀りごと」

 
浪人の「先生」の部屋で死んでいる大家の姿から話は始まる。店子が、ばらばらに語る大家の因業な姿から人情のある姿まで、てんで違う姿。
 
大家の死は、心臓麻痺とわかるが、なぜ大家が「先生」の留守に忍び込んだのか。
禁制の書を隠している「先生」の本当の正体は何だろうという謎の残る一篇。
 

◯「てんびんばかり」

 
親を流行病や事故でなくしてから、二人で差さえあって生きるお吉とお美代。
そんな二人の別れは、お美代に大店の後添いの話が持ち上がってから。
 
後添いに入ってから、二人のてんびんは、お美代のほうにふれたばっかり。
しかし、お美代が不義の子を身ごもってから、てんびんはもとに戻ろうと動き始める。
 
お美代の不幸な姿をみるのが嫌で、あるいは不幸な姿を喜んでみるのが嫌で、お吉は他所で所帯をもつことを決心する。
 

◯「砂村新田」

 
眼を悪くした父親と母親の暮らしを助けるため、家事手伝いの奉公に出るお春。
彼女は、奉公先に行く途中で、母親の若い頃を知る男に出会い、その男から、お春は頼みごとをされる「おっかさんを大事にな」と
 
しばらくして、母親からその男が病死したことをしらされるが、男の言葉の中に母親への
隠された恋情を汲み取ったお春は、男からの頼みごとを守っていこうと決心する。
 

【まとめ】

 
宮部みゆきさんの江戸物は「怪しくて」「悲しくて」といった主題を抱えながら、それだけでは終わらない「あとくち」をもっているのが特徴。
本書もそうした味わいで、重層的に楽しめる一冊でありますね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました