古書の謎は雨あられと降りかかる中、大輔と栞子の恋は進展するか? ー 三上 延「ビブリア古書堂の事件手帖 5〜栞子さんと繋がりの時」(メディアワークス文庫)

母親・智恵子からの「古書の暗黒面」への誘いを断り、ビブリア古書堂へ残ることを決めた「栞子」に告白をした、五浦大輔であったが、栞子からの回答はなかなかもらえないで落ち着かない状態。
そんな二人の「恋バナ」の方向がやっとはっきりしてくるのが本書なのだが、人見知りがひどく、世間に疎い「栞子」と、ガタイはごついが、意外に優しいヘタレの「大輔」の「恋愛」であるから、まあそうトントン表紙にはいかず、あれこれの事件やイベントを経ないと進んでいかないというRPGもどきの進展である。

【構成は】

プロローグ リチャード・ブローティガン「愛のゆくえ」(新潮文庫)
第一話 「彷徨月刊」(弘隆社・彷徨舎)
断章Ⅰ 小山清「落穂拾ひ・聖アンデルセン」(新潮文庫)
第二話 手塚治虫「ブラック・ジャック」(秋田書店)
断章Ⅱ 小沼丹「黒いハンカチ」(創元推理文庫)
第三話 寺山修司「われに五月を」(作品社)
断章Ⅲ 木津豊太郎「詩集 普通の鶏」(書肆季節社)
エピローグ リチャード・ブローティガン「愛のゆくえ」(新潮文庫)

となっていて、久々の単話仕立て。
途中途中に挟まる「断章」は、大輔と栞子の恋のゆくえについてをリードする挿入話で、断章Ⅰは志田、断章Ⅱは滝野リュウ、断章Ⅲは篠川智恵子の述懐。謎解きと恋バナをつなぐ重要なパーツになっていますね。

【あらすじと注目ポイント】

第一話は、本についての雑誌「彷徨月刊」をまとめて売りにきて、数日すると再び、それを買い戻しに来る、不思議な女性客の話。買い戻すといっても、すでに売れてしまっている号まで戻せということではなく、残っているものをすべて買い戻し、さらには、しばらくすると、再び他の店にそれを売りに来るというのだが、怪しさは倍増である。

そして、売りに出される「彷徨月刊」には出版社名が黒い丸で囲ってあたり、「新田」という書き込みがされているのだが、これが、その不思議な女性客の行動を解く鍵になるのか・・・、と形で展開する。

話中、この店の常連客の志田が、引退した大学教授っぽい「宮内」という男と連れ立ってやってきて、その黒い印は、その宮内が読了の時につける印ではという情報をもたらすのだが、実は本当の秘密は、志田の方にあって・・というのがネタバレ的な筋立てである。

「本のことをとりあける本」という存在があって、しかもそれが「古書」として売られるというのが成立するのが、「古書」という世界の不思議さで、「栞子」や「智恵子」たち、古書に魅せられた人々の世界の「奇妙さ」を現している感じがしますな。

第二話は、手塚治虫の「ブラック・ジャック全集」という、かなり現代風のものを扱う話。栞子の学校の後輩から、父親が所蔵しているブラックジャックのコミックの収集から何冊か盗まれている、という相談が持ちかけられるのがスタート。
この話で、栞子の親友で、古書店仲間の滝野蓮杖の妹・滝野リュウが登場。栞子と違った、バリバリの営業ウーマンであるのだが、彼女が栞子と母親・智恵子との間で果たす役割は結構、ストーリー展開のキーでもあるので、注意して読んでおいてくださいな。

話の主筋は、この後輩・真壁菜名子の弟と父親との確執がメイン。確執のもとは、弟が高校受験に失敗したことにあったと思われていたのだが、実は、彼女の母親が早逝したときに、父親が病院に行く途中、ブラックジャックの古書を買い求めたため臨終に間に合わなかったことがもともとの原因であるらしい。なぜ、父親は自分の妻の臨終の時に、そんな寄り道をしたのか・・・、という謎が解けたときに、家族のわだかまりも含めてすべてが解決する話。青春時代の男女のドキドキとそれを大事にしてきた夫婦愛が感じられる、とてもリリカルな結末であります。

ちなみに、ブラックジャックの発表当時、手塚治虫は売れない漫画家になっていた、とか、ブラック・ジャックの話にはいくつか手塚の思い違いなどによってミスリードしたものがあって、全集本に収録されているものも差し替えがある、といった手塚治虫のウンチクが随所に披瀝されていて、それはそれで面白いのだが、そのエピソードの一つが、この話の謎解きのキーになっているのでお忘れなく。

第三話は、栞子の古くからの知り合いで、俳優くずれの門野澄夫という人物から、長兄が自分に譲った寺山修司の稀覯本を実家の兄嫁があたそうとしないので、なんとかしてくれ、という頼み事を持ち込んでくるところからスタート。
この門野澄夫という男、かなりのトラブルメーカーで、ビブリオ古書店にも実家の本を黙って持ち出して売ったり、盗品を持ち込んだりといったことをやったため、栞子から「出入り禁止」をくらっている人物。
長兄からも、ある時期を境に疎まれていて、稀覯本を譲られるような関係にないことは明らかで、おそらくはカネ目当てにその本を掠め取ろうとしているに違いない、と誰もが思うのだが・・・、といった展開。

長兄と澄夫の仲が悪くなったのは、澄夫幼い頃に、長兄が秘蔵する、寺山修司の自筆メモを台無しにしたのが原因であるのだが、実はそこに長兄夫婦の関係を揺るがす秘密が隠されていて・・というのが、解決のキーなのだが、ここから先は本書で確認してくださいな。

澄夫が、長兄から譲られた寺山修司の稀覯本を売る相手が最後の方で明らかになるあたりに、なんとも切なくなります。話中にも引用されている寺山修司の有名なフレーズである

そしていま僕の年齢は充分である。この作品集をそうした「生活を知覚できずに感傷していた」僕への別れとするとともにこれからの僕の出発への勇気としよう。僕は書を捨てて町へ出るだろう

が妙に心に沁みること間違いなしである。

【レビュアーから一言】

二人の恋の行方は、多くの人が想定するとおり前進はするのだが、やはり、ここにも陰を落とすのは、栞子の母親・智恵子の存在とその失踪事件で、母親と容姿も性向も似通っている栞子が、彼女の呪縛から逃れることができるかということが今後の展開の重要な鍵でもある。
それはそれとして、古書に関するあれやこれやのウンチクも巻を重ねるほどに精緻になり、これはこれで中毒性がある。謎解きとウンチクとをたっぷり楽しんでくださいな。

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