古書堂のマニアックな知識を引き継ぐ後継者「扉子」登場 ー 三上 延「ビブリア古書堂の事件手帖〜扉子と不思議な客人たち」(メディアワークス文庫)

シェークスピアの「ファースト・フォリオ」をめぐっての、篠川栞子・智恵子の母娘の因縁を精算する入札バトルから7年後の「ビブリア古書堂」の物語である。
設定的には、栞子・大輔は短い恋愛期間を経て結婚していて、結婚の一年後に娘が生まれ、その「扉子」も六歳になる。栞子・大輔夫婦は、「ビブリア古書堂」の経営をしながら、篠川智恵子の古書ビジネスの手伝いをしている、という形になっている。
本編で、栞子を、自分の相棒として、世界を股にかけた古書ビジネスに引き込みたかった栞子の母・智恵子であったので、大輔というおまけ付きではあるが、まあ、満足のいく展開ということであろうか。

【収録は】

プロローグ
第一話 北原白秋 与田準一編「からたちの花 北原白秋童謡集」(新潮文庫)
第二話 「俺と母さんの思い出の本」
第三話 佐々木丸美「雪の断章」(講談社)
第四章 内田百閒「王様の背中」
エピローグ

となっていて、栞子の母・智恵子のビジネスの手伝いで、上海に出発する大輔が、家のどこかに置きっぱなしにした「青い革のブックカバーをかけた自分の本」を捜す過程で、栞子が扉子に、本編で語られなかったエピソードを語る、といった仕立てである。

そして、その「扉子」なのだが、

黄色いワンピースを着た少女が座卓の前で正座していた。今年六歳になる大輔と栞子の娘だ。眼鏡をかけていないこと、年齢が違うことを除けば、整った顔立ちや長い黒髪は栞子にそっくりだった。

という様子で、末は母親に似て、別嬪さんになるんだろうことが予想されるのだが、

娘は栞子と違って、表情豊かで受け答えもはきはきしている。今は一人暮らしをしている妹の 文香 に似ていた。ただ、誰とでも親しくなる文香と違って、扉子には幼稚園にも近所にもまったく友達がいない

扉子は他の子供たちに関心を示さなかった。どこへ行くにも本を抱えて、うきうきとページをめくっている。周囲の心配をよそに、当人はいたって明るかった。幼稚園で他のお友達と遊んだ方が、と栞子が遠慮がちに勧めても、
「わたし、本が友達だから」
曇りのない笑顔で宣言されて、何も言えなくなってしまう

といったあたりに、「本」フリークで変わり者なところも、祖母・母とつながる遺伝子は健在のようである。

【あらすじと注目ポイント】

第一話は、第一巻の第三話『「タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの」』から登場する、このシリーズの登場人物としては古手の坂口昌志とその姪・平尾由紀子なのであるが、坂口と義兄・平尾和晴とは、絶縁関係となっている。絶縁の理由は、坂口が刑務所を出所後、義兄の家に身を寄せていた時に、その姪の寝室に忍び込んだという疑惑をもたれたことにあるのだが、その真相は・・・、という展開。

父親(坂口の義兄)の坂口に出産祝いとして北原白秋「からたちの花」の童謡集を贈ってくれ、という依頼を果たすため、その姪が坂口の家に赴き、妻のしのぶと話をしているうちに、真相が明らかになる。

謎解きの鍵となるのは、「からたちの花」の歌詞を、「からたちのそばで泣いたよ」を「からたちのそばで笑うよ」とおぼえ間違っていたことなのだが、坂口の優しさと兄への配慮がその陰に隠されていて、これをきっかけに、その姪としのぶの仲が良くなるのが、なにより嬉しい結末ですね。

第二話は、大輔と栞子が急死した息子の「どこにあるかわからない本」を探してくれという母親の依頼を受けるところから始まる話。

その息子は、売れっ子のイラストレーターなのだが、教育熱心な母親とは冷戦状態にある。その、息子が、母親との思い出の本を見つけたから、と伝えてきてから数日後に、クモ膜下出血で急死したので、なんとかその本を、という依頼である。

その本というのが、ゲーム関連のものであるらしいのだが、母親は、いわゆる教育ママで、絵画とかピアノとかの芸術系の習い事は熱心であったのだが、息子がゲームののめり込むのは嫌っていたはず、なぜゲーム系の本を・・・、というのがこの話の謎解き。

謎解きの途中で、栞子さんの「貞操の危機」的なところがあるのだが、まあ、そこは話を盛り上げるネタでありますね。

第三話は、第一巻の第 『小山浩「落穂拾ひ・聖アンデルセン」(新潮文庫)」』で登場した志田が、ビブリオ古書堂の面々や小菅奈緒の前から姿を消し、奈緒が志田の行方を探した時の話。突然、姿を消した志田を、彼の弟子の一人と自称する「紺野祐太」という男子高校生と一緒に捜すのだが、捜索しているうちに、奈緒は紺野のことが気になり始め・・・、といった謎解きと青春ラブストーリーのような仕立て。謎解きの鍵は、志田が知り合いにやたらとプレゼントしていた「雪の断章」の古書なのだが、小菅奈緒は以前に一冊もらっていたのに、志田が失踪する直前に、もう一冊贈ると、紺野に託すところがポイントとなる。

最終話の第四話は、第七巻で、篠川母娘を陥れようと謀んだのだが、返り討ちにあった舞砂道具店の吉原喜市の息子・吉原孝二が登場。シェークスピアのファースト・フォリオの事件以来、舞砂道具店は運気が巡ってこずに、商売も下降気味で、悪どいイメージの吉原喜市もボケ気味という設定。

そんな苦境を一発逆転するために、文芸書の稀覯本コレクター・山田要助の遺品から掘り出し物を手に入れようと試みるが、要助の息子がビブリア古書堂に買い取りを持ち込んだばかりで、またしても古書堂に苦渋を飲まされてしまう。
意気消沈する吉原孝二が、ビブリオ古書堂の前を通りかかると、店番をしていた栞子の妹・文香と栞子の娘・扉子が彼を、買い取りを申し込んできた山田要助の息子と勘違いしてしまう。吉原は、その勘違いを利用して、遺品を騙し取るが、持ち逃げする途中、再び、文香と扉子に出会ったために悪事が発覚してしまう。なぜ・・・というのがこの話の謎である。

【レビュアーから一言】

最後の謎は、大輔の「青い革のブックカバーをかけた自分の本」はどんな本、ということであるのだが、ここのところは原書で確認してください。ヒントをいうと、この物語そのもの、ということであるかな。

さて、「扉子」という新しいキャラクターを得たのだが、今回は外伝での脇役的な登場で、彼女の活躍はまだまだこれから。出来うれば、扉子が主人公の「ビブリア古書堂」のシーズン2を期待したいところですな。

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