楓の強さと健気さにあらためて感心いたしました ー 成田名璃子「東京すみっこごはんー親子丼に愛を込めて」(光文社文庫)

駅前の再開発騒動で、常連メンバーに中に亀裂が入りそうであった、第二巻の危機を乗り越えてどうにか順調な運営が保たれ始めた「すみっこごはん」。
今巻もいつもと変わらない「人情噺」が展開されていくのだが、奈央と一斗の結婚がそろそろ決着か、というところと、楓が再びいじめにあっているというのが、今巻の心配の種である。
 

【収録は】

 
「念のための酢豚」
「マイ・ファースト鱚」
「明日のためのおにぎり」
「親子丼に愛を込めて」
 
の四編で、「明日のためのおにぎり」のところで、ボクシングジム経営者で人相の悪い「柿本」の口から、再開発は頓挫しそうだ、ということが明らかにされるので、先にネタバレしておく。
 
 
 

【あらすじと注目ポイント】

 
第一話の「念のための酢豚」は、結婚に向かって邁進中の奈央ちゃんと、結婚に全く興味が持てない「友菜」が主人公。友菜は、結婚に興味が持てないだけでなく、仕事もそつなく、ほどほどにこなす、いわゆる「小器用」なタイプという設定。
そんな彼女が、奈央が一斗の両親にあう事前準備で「酢豚」が料理できるようにしようという「野望」に協力しているうちに、彼女に影響されたのか、職場の先輩の好意にやっと気づいくとともに、仕事でも一皮むけていく、というストーリー。
 
料理の方は標題どおり「酢豚」なのだが、奈央も友菜も料理はカラッ下手で、豚肉を焦がしたり、甘酢タレを煮詰めてしまったり、と散々である。
 
第二話の「マイ・ファースト鱚」は、純也のサッカー部の友人・深町毅が主人公。彼はサッカーの才能に恵まれているのだが、サッカーがさほど好きではない、という難儀な性格である。
さらに難儀なのは、彼には「梨音」という女友達がいて、彼女は純也ことが大好きで、そのため、純也と仲のいい「楓」のことが大・大嫌いで、楓の上履きに「鰹節」をいれたりといった「いじめ」を始めている。
純也という存在は、第一巻のときと同じで、楓に苦難をもたらす「親獅子」のような存在ですな。
 
楓と毅が、すみっこごはんで料理をしながら、梨音のいじめについて話するところで、梨音の意外な正体が明らかになるのだが、いかにも現代風の正体でありました。詳しくは原書で確認を。
 
ちなみに、この場面で、楓が言う
 
「深町君には深町君にしか出せない味があって、それを抑え込んじゃもったいないよ。この世界に、思い切り味をだしちゃうべきだよ。」
(略)
「私も、私みたいな出汁がいてもいいのかなって、ここに来てから思えるようになったんだ
 
というところのルーツは、第一巻の第一話「いい味出してる女の子」の最後のほうの
 
この世界は大きな鍋で、人は昆布や鰹節みたいなものかもしれない。みんな、それぞれの味を出しながら、世界という一つの大きな味を作って暮らしているのだ。
それじゃあ私は、どんな味をだしているんだろう。・・・どうせだったら、いい味を出せるようになりたい。今は無理でも、大人になったら。(P107)
 
というところなのだが、このへんのシチュエーションは第一巻を読んでくださいな。
 
第三話は、柿本と楓の母親・由佳、そして「すみっこごはん」との出会いの回想。
当時、学生チャンピオンにボクシング生命を絶たれて自暴自棄になっていた柿本が、由佳と楓のおかげで解きほぐれていく様子がほっこりとしてきますね。
 
で、彼を解きほぐす魔法の料理は、「しににのおしみる」こと「しじみの味噌汁」と「おにぎり」なんだが、
 
きちんと塩気の効いた白飯はふんわり、風味のいい海苔はぱりぱりだ。白米の一粒一粒がまたちょうどいい歯ごたえに炊き上げっていて、噛む度に甘みが増していく。
やわらかく握ってあるのに、崩れたりはしない。一口、二口、三口。具は入っていないようだ。だが、それで十分だった。おかずも挟まずに食べ進んでも、まったく秋が来ない
 
という逸品で、誰かのために、ヒトの手で「握った」おにぎり、というのは不思議な魔力を持つものですな。
 
第四話の「親子丼に愛を込めて」は、妻をガンで亡くして、一人娘・蓮花と暮らしていたシングル・ファーザーと結婚した、40歳前のキャリア・ウーマン・繭子が、その蓮花の冷たい拒絶にあいながらも、「母親」になることを目指す物語。
 
結婚してしばらくは、娘は仲の良さそうな「仮面母娘」を演じていて、それが破綻したのが、繭子が「親子丼」を作ったときから。そこには、
 
「親子丼、ママの得意料理だった。甘くて、鶏肉が小さく切ってあって、玉ねぎもたくさん入ってた。こんなにふわとろでも、味付けが上品でもなかったけど、私のとっては最高だった」
 
という、蓮花が、亡き実母の思い出を大事にしていこうとする思いがこもっていたからであったことが判明する。そして、そうした義理の娘の思いを、まるごとくるんで、彼女を守っていこうとする新しい母親の姿が泣かせどころです。
 

【レビュアーから一言】

 
登場人物もこなれてきて、泣かせどころもきちっと決まってきた「すみっこごはん」シリーズなんであるが、当方的に「健気だな」と応援したくなるのが「楓」ちゃんで、鰹節を靴の中に入れられるという「不思議な」いじめをした当人に
 
「私のことは嫌いでもいいし、謝らなくてもいい。でも、鰹節には謝ってほしい。だって、お湯にいれたらこんなにい出汁がでるんだよ。それを私の靴の中にいてるなんて・・」
 
という謎の対応をするのだが、その陰には、理不尽にもめげずにしっかりと受けとめていく、気丈な女の子の姿があって、思わず応援したくなってしまいますね。
 

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