バンコクの「今昔」をベテランの旅行記で味わってみる ー 下川裕治「週末バンコクでちょっと脱力」

(この記事は2018.12.09にリライトしました)

旅行記あるいは滞在記というのは、時間に大きく影響されるところがあって、特に政変の多い国であると書かれていることが全くあてはまらなくなり、何かの昔話を読んでいるようなことになる恐れがある。この旅行記も例外ではなくて、本書では赤シャツ派と黄シャツ派の対立の時代なのだが、それが行き過ぎて軍によるクーデターを招くなど、これが書かれた頃にはちょっと思いもつかなかったことだと思う。ひょっとすると本書に書かれた場所もすでに荒れているのかもしれない、とは思う。

さりはさりとて、下川風の「タイ」「バンコク」である。風情はゆったりとしていて、喧噪と仕事、浮き世のあれこれに追いまくられている身には、ひとときの涼風、いや小春日和の日差しのような感すらする。

【構成は】

第一章 日本からバンコクへー北回帰線通過を飛行機の座席で祝う
第二章 空港から市内へータイ式倫理観が漂うタクシーは正しくぼる
第三章 ホテルー中級者向きホテルバンコクにようこそ
第四章 運河と寺院ーバンコク最後の運河タクシーじいさん。そして九テラめぐり・・・
第五章 道端夕食ー歩道のフードコートで孤独のグルメ
第六章 酒場ーいつも土の匂いのタイフォーク。レインツリーの二十年
第七章 早朝ー朝飯前のバンコク式マラソン。「ゆるゆる」の一時間三十七分
第八章 最後のテーブルーアジアティックから川沿い食堂。最後は川風に吹かれたい
第九章 バンコク在住者が提案する週末バンコク 

となっていて、氏の他の著作のような「沈没」系ではない。日本、成田からバンコクを訪れ、数日間を過ごし、そして帰国、というパッケージツアーというわけではないけれど、行き帰りの航空便は決まっているが、その間はフリーのツアー、といった感じである。

 

【注目ポイント】

とはいうものの、タイ歴の長い下川氏のこと、ホテル、食事場所など普通の旅行者とはちょっと違うディープ感があふれているのが、アームチェア・トラベラーの最も好むところではある。

ただ、今までのタイ旅行記と違って、本書に漂うのは「時代の変化」である。タイが行動成長時代を迎え、主要国際空港もドーンムアンからスワンナプームに変わり、ホテルも高級化、チェーン店のコーヒーショップの拡大という「経済発展」の流れの中で、運河タクシーの衰退、フードコート化が進む中での屋台の衰退など、下川氏を初めとして以前の「バックパッカー」たちの訪れた「バンコク」「タイ」が静かに異質のものに変化しつつあるのがそこかしこに描かれている。これを「寂し」く思うのは、そこに定住することのない、ひとときの旅人の勝手な感傷というものなのかもしれない。

【レビュアーから一言】

同じ筆者による、同じ場所の旅行記というのは、著者も、旅行地もどちらも「健在」でないと成立しないもので、下川裕治氏の「バンコク」というのはその稀有な例であろう。そして、それは「旅行記」というジャンルを超えて、一つの現代史の記録のような趣すら帯びてくるものである。「喧騒」から「静謐」へ、「猥雑」から「洗練」へ、という流れはとめようがないのであろうが、一昔前の「混沌」を懐かしくおもわせますね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました