「冤罪」経験から日本型組織の改革案をアドバイスしよう ー 村木厚子「日本型組織の病を考える」(角川新書)

元厚生労働省の官僚で、補助金詐欺の事件で検察の特捜部のでっち上げに巻き込まれた筆者が、事件を振り返って、事件の渦中でも自分を見失わず、真実を主張し続けることができた理由と、その事件から見出した「日本の組織」、「日本の組織に働く人」について考察したのが本書である。
筆者の巻き込まれた事件は、大阪地検特捜部の解体という結果になったのだが、最近の。財務省の決裁文書偽造の事件なども考えると、日本の組織に組み込まれている「病」の根深さを感じざるをえない。

【構成は】

第1章 国家の暴走に巻き込まれた日
第2章 拘置所で目にした日本社会の陰
第3章 日本型組織で不祥事がやまない理由
第4章 公務員はこれからどう生きるか
第5章 村木流「静かな改革」の極意
第6章 退官後も「世直し」を続ける
終章 闘いを支え続けてくれた家族へ

となっていて、第1章から第2章は、補助金詐欺の事件で筆者が勾留され、検察の取り調べを受け、でっちあげに近い形で調書がつくられ、という過程と、その真相が暴露され、筆者が解放されるまで。

第3章以降は、この事件での経験を踏まえながらの、筆者ならではの、この事件の陰に潜む、「日本型組織」の陰の部分とその改革案についてが語られている。

 

【注目ポイント】

まず注目すべきは、筆者が拘置所に収監される場面で

規則正しく、静かな生活。刑務官はとてもよく訓練されていて、プロだなと思うことが多くありました。特にベテランの女性の刑務官です。移送された時に、「泣いている場合じゃありませんよ。これから検察と闘うのでしょう」。そう声をかけられた時は驚きました

と、そこの係官の処遇に感謝を抱きつつも、冤罪や入所型の施設を舞台にする事件を生み出す根本のところ

世話をしてくれる職員はとても大事な人。その人たちと仲良くやっていくことが、この中での生活を平穏に送るための絶対条件なのです。それでなくてもショックやストレスで心が弱っていて、気持ちだけは平穏でいたい。これは入所者共通の願いではないかと思いました。
たとえ不合理だと思っても、諦めてルールに合わせてしまう。知らず知らず、職員の意向に合わせてしまう。自分でものを考えず、言われた通りに従っている方が落ち着いて暮らせるからです。
これは施設で暮らす際の一番怖いところではないでしょうか。

を的確に指摘しているところで指摘の鋭さに驚くとともに、筆者の持つ目線の「暖かさ」を感じさせる一節である。

そして、筆者の提案する、こうした事件の防止策はとても「オーソドクス」で

一番重要なことは、勇気を持って、建前と本音の使い分けをやめて、「コンプライ・オア・エクスプレイン」へと転換を図っていくことです。まずは「実態」を世間にさらして「情報開示」をし、「説明責任」を果たしていく。その中で、その建前は本当に目指すべきものなのか、なぜそれを実現できないのか、どうすれば実現できるのかという問いに向き合うこと

として、

では次に、その決意はどうやったら実現できるのでしょうか。具体的にやるべきことは二つだろうと思います。
一つは、建前通りに行動せざるを得ない明確なルールやシステムを作ってしまうこと
(略)
もう一つは、人の教育

というものであるのだが、「外の世界、外部の目にさらされることが大事」とする筆者の主張は、とかく、モノゴトをきれいに覆ってしまう、公務現場だけでなく企業社会を含めた「日本型組織」の陥りがちなところとして、常に自戒せねばならないところなんであろう。

そして、これをうけて、

西郷隆盛は『 南洲 翁 遺訓』の中で、「人を相手にしないで常に天を相手にするように心がけよ。天を相手にして自分の誠を尽くし、決して人を 咎めるようなことをせず、自分の真心の足らないことを反省せよ」と語っています。「天」の解釈は様々ありますが、私は、自分が守らなければならないもの、自分が実現したいものではないかと思っています。それらを自分の中に作っておく。そして、間違っていないかを常に点検していく。

というあたり、当方は、名誉や儲けといったものよりは、ちょっと上の方にある、自らのポリシーとか信条みたいなものをつくっておけ、そして、筆者がマイホームを買ったことを、「天」を自分の中に作るということだったのかもしれないと述懐するところに、目に見えない「概念」とあわせて「覚悟」の証となるものをつくておいたほうがいいですよ、というアドバイスと感じたのだがいかがであろうか。

ただし、必要性や重要性をしっかり認識しつつも、なかなか変化できない「日本型組織」について

ゲームにそこまで完璧さを求めるのは日本人だけで、アメリカのゲームなら、新発売の製品でバグがあるのは当たり前。買った人みんなが遊ぶことでバグが発見され、だんだん改善され、バグがなくなっていくそうです。
その話を聞いて、絶対間違えてはいけないこととか、完璧な完成品を作ることに関しては、日本人は得意かもしれないけれど、思い切りよく物事を進め、完成品でなくてもみんなの力を借りて物事を良くしていくということは、案外苦手なのかもしれないと思いました。日本人は協調性があるといわれる一方で、新しいことをやる、速く変化する、柔軟に対応してみんなで何かを作り上げていくといったことは、少し苦手かもしれないと感じます。

とスピード感のなさへの柔らかいながらも厳しい指摘は忘れていないので、そのへんは心して読むべし。

このほかに、勾留時代に支えてくれた「家族」への感謝と家族の具体的な「支え」の話であるとか、筆者が官僚を目指すまでの幼少期から学生時代、そして官僚時代の激務であったが、多くの「いい仕事」を残してきた話とその秘訣とか、「働く」ということをあらためて振り返らせてくれるエピソードやアドバイスも多数掲載されているので、「お得感」はありますね。

【レビュアーから一言】

事件の直後から、厚生労働省の事務次官就任の頃、多くのメディアで登場されていたので、その話しぶりの印象が残っている人も多いと思うのだが、その印象どおり、本書もやわらかい筆致でありながら、ポイントを的確についてきている。

組織改革のヒントを得たいと思っている人だけでなく、人生の難事に遭遇したときの心の持ちようについて悩んでいる人にもオススメの一冊でありますね。

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