古代ローマ人に”とりあえず、風呂!”の「生き方」を学ぶ ー ヤマザキマリ「仕事にしばられない生き方」(小学館新書)

古代ローマ帝国と現代の日本を舞台にしたタイムスリップもの的お風呂マンガ「テルマエ・ロマエ」で大ヒットし、現在は、同じく古代ローマの政治家にして博物学者の「プリニウス」を主人公したマンガを連載中の筆者が、自らの半生を振り返りつつ「仕事」「お金」についてのあれこれの雑感をまとめているのが本書。

【構成は】

はじめにーどんな場所でも行きていける私になりたくて
序章 やりたいことで生きていく
 ー母・量子の場合
第1章 働くこと、自立すること
 ージュゼッペとの日々
第2章 持てる力をすべて使って
 ーテルマエ前夜
第3章 風呂か、それとも戦争か
 ー先人たちが教えてくれること
第4章 私の働き方改革
 ートラブルから学んだこと
第5章 仕事とお金にしばられない生き方

となっていて、第1章から第2章までは、、演奏家で自由な母親と妹との幼少時代にはじまり、イタリアへの絵画留学、そこで知り合った詩人・ジュゼッペとの同棲、そして、彼と別れた後、現在は小さな出版社を経営する、歴史研究家のペッピーノとの結婚と息子・デルスの成長といった、彼女の半生記的なところ。
第3章が、「テルマエ・ロマエ」などのローマものを通じて筆者が考えた、皇帝ネロやプリニウス、ハドリアヌス帝の生き方と、古代ローマ人の「風呂好き」についての考察。
第4章が、「テルマエ・ロマエ」の大ヒットによって生じた生活や周りの環境の大変化をどう乗り越えたかといったあたり。
そして、最後の第5章が、前章までを受ける形で、お金や仕事、あるいは人生全般についての雑感という形でまとめられていて、どちらかというと主義主張を述べるというより、エッセイに近いものであるので、拾い読みをしていくよりも、読み飛ばしでもいいから、ざっくりと最初から最後に向かって読んでいく、という読み方が良いようですね。

 

【注目ポイント】

エッセイ的な風合いの強い本書なので、あそこは正しい、あそこはどうも、といった論評するのではなく、日本、イタリア、アメリカで貧乏生活や荒波に揉まれてきた筆者の、「強靭」な思いや考えを拾っていくという読み方が、もっとも適しているような気がしていて、それはたとえば

潮目が変わる時って、自分のことを俯瞰して、客観的に見ることができるんだと思うんですよ。好きなことに打ち込んでいると、どうしても視野が狭くなって、自分、自分って、自分のことしか考えられなくなるけど、今の自分がしがみついていつことだけがすべてじゃないってことが、いろんなきっかけで見えてくる。(P137)

そういう潮目が変わる瞬間っていうのを、見逃さないっていうのも大事だと思うんです。いくら好きなことだからといって、うまくいかないことを、いつまでもずるずるとやり続けるんじゃなくて、向こうから新しい波が来たな、と思ったら、それまでの気持ちを切り替え、パッと乗ってみる。
人から見たら、挫折したとか諦めたみたいに見えるかもしれない。(P138)

といったあたりは、大きな波の頂点と底とを経験した人でしか言えない、ある種、達観したものだよね、と感心したり、

私達にとっても、これまでのやり方が疑わしく思える今こそ「とりあえず、風呂」という一手が、きっと有効に違いないと思うのです。
そうすると、決まって「何が風呂だ。こんな時に休んでいる場合か」「もっと頑張らなきゃいけない時に、休んだりするから遅れをとるのだ」という批判がでてきそうですが、これまでのやり方が手詰まりになっているのに、見て見ぬふりで突き進んだら、行き着く先はどうなるのか。歴史が、すでにそれを証明してくれていますよね。(P193)

といったあたりには、世界情勢が混沌とポピュリズムの真っ只中に入り込んでいる現在において、古代ローマ人が愛してやまなかった「風呂」に象徴される概念が、一番必要とされるのかもしれないな、と思ってもみるのである。
とりわけ、競争主義の行き着いたところの「虚無感」に陥ったり、自分に対する評価に不満をかこっているときには、「とりあえず、風呂!」と一呼吸置くことが、心を癒やす何よりの処方なのかもしれんですね。

【レビュアーから一言】

筆者の理想とする「生き方」「人物」は「プリニウス」であるようで、本書中では

プリニウスの生き方は、ある意味、私の理想で、周りで何が起ころうと、長いものに巻かれることは当然なかった。もちろん軍人であり官僚でもあった立場上、巻き込まれそうになることはあったでしょうけど、そういう時でも、ふっと遠ざかって、自分が置かれている状況や暮らしている社会というものを、客観的に見ることができる、それも、自然科学者が昆虫や植物を観察するような眼差しで、俯瞰で、人間社会を冷静に観察している。私自身もそうありたいと思うし、混沌とした時代だからこそ、プリニウスがとった方法こそ、最も懸命な身の処し方ではないかと思うのです(P200)

といった表現がされている。当方に限らず、とかく周囲の状況を気にして、流されることが多い方は多くおられると思うのだが、プリニウスに見習って、少し頑固に、少し孤高に、少し俯瞰して生きてみてもいいかもしれんですね。

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