「エンマ様」が昔の恋人への”未練”を吹き払って、ちょっと安心 ー 佐藤青南「行動心理捜査官・楯岡絵麻 サッド・フィッシュ」(宝島社文庫)

円熟度を増してきた「行動捜査官」シリーズの第4巻。通常は取調室の中で完結することが多い、「エンマ様」の活躍なんであるが、今回は、被疑者の家とか、国際テロ組織の日本組織の本拠となっている廃業したカラオケ店とか、「現場」での事件解決のシーンが結構でてくる。 取調室での知的なシーンだけでなく、ハードボイルドな活躍も見えるのが本巻。

絵麻の相棒・西野のキャバクラ・フリークも、絵麻をパクった「行動心理学捜査」を披瀝するドヤ顔や、女の子への説教癖と店内指名をしないというケチ臭さで「フリー西野」の異名までつけられるほど成長してきていて、サイドメニューも充実してきていますな。

【収録は】

第一話 目の上のあいつ

第二話 ご近所さんにご用心

第三話 敵の敵も敵

第四話 私の愛したサイコパス

となっていて、有名ミュージシャンの覚醒剤中毒死、独居老人の猫の餌やりご近所トラブル殺人、若者グループのリンチ殺人、海外テロ組織の日本組織創設の阻止、といったように、最近のトレンディな事件をモチーフにしながら、「エンマ様」らしい味付けにしてあるのは、前巻を引き継いでいる。

今巻から、因縁の敵対関係にあった捜査一課の同僚の筒井・綿貫コンビが「ライバル」関係に変質して、時折は共闘ができるようになってきたのは、思いがけない変化でありますね。

【あらすじと注目ポイント】

第一話の「目の上のあいつ」は大麻不法所持の前科を持つミュージシャン・キョージこと吉田恭司の覚せい剤の乱用による脳出血死の真相を解明するもの。
捜査の途中経過では、売れっ子ミュージシャンの盗作疑惑で昔のバンド仲間から脅されていたのではという話や、デビュー前から支えてきた妻が表舞台から追放されていた、といった話が出てきて、ミュージシャンの周辺もクリーンではないな、と想像させる。
話のキモは、絵麻が事故と思われるミュージシャンの事件性を立証していくところで、鍵となるのは

おそらく、境界性人格障害ーいわゆるボーダーです。そしてボーダーの特徴である、曖昧なアイデンティティーを埋めるために「同一視」した相手が、吉田なんです。・・・吉田は自分の分身であり、ゆえに好きに扱える玩具でもあります

というところ。他人を「自分の分身」と思うことは、気に入らなければ「チャラ」にして壊してもいいってな方向に向かっていく心理構造もあるのか、とちょっと怖くなる。

第二話の「ご近所さんにご用心」は、東京都台東区での老女の死亡事故。彼女は、自宅に侵入してきた犯人へ食器を投げつけるなど激しく争い、逃げた台所で転倒し、食器棚の角に頭を強打して死亡したもの。
容疑者として、知的障害のある亡くなった妻の連れ子の娘と暮らす、三十代の男・成田が逮捕される。彼は、猫の餌やりを注意しようと訪れた老女の家で口論となり、争った末に彼女が転倒して死んだ、と主張する。彼女が転倒死したことについて成田には、嘘をついているような「なだめ行為」は出現しない。だが、なぜ、元教師で用心深い老女が、成田を不用心に家に入れたのか?、といったところから、この転倒死に隠された、別の犯罪が「ボロリ」と出現する。
結末は、旧悪は露見するといったところなのだが、ちょっと事件後が心配になって後味がよくないな。

第三話の「敵の敵も敵」は、20代から高校生までのグループ内のリンチ殺人事件。事件としては、担任の教師の熱血指導で真面目になろうとしていた被害者・野々村莉子を、呼び出して集団暴行し、最後は頭部を鈍器で殴って殺したものなのだが、凶器は見つかっていない。
集団暴行の理由は、莉子が、グループ内の高橋明日菜の悪口をSNSで言いまくっていた、というものなのだが、実はその形跡は見つからない。悪口を言っていたというデマを巻いたのは誰?、そして、莉子に致命傷を与えたのは誰?、というのがこの話の謎解き。

事件解決の鍵はアメリカの心理学者・ロバート・ザイオンスが女子学生に86人の成人男性のスライドを見せた実験で、
「顔の魅力に関係なく、登場した回数の多い男性のほうが、少ない男性よりも高感度が高い。人は何度も顔を合わせる相手には、次第に好感を抱くようになる」

という『単純接触効果』なのだが、グループでつるむ以外にも、接触回数が多くなることがこの話の中でもありますよね、というのがネタバレっぽいヒントである。

第四話の「私の愛したサイコパス」は、第二話や第三話の冒頭や最後に出てきて、絵麻を今巻で不審な行動を取らせていた、警察の公安部の所属で、おそらくはサイコパスらしい絵麻の元恋人・塚本が持ち込んできた案件。
その案件というのが、中東の国際テロ組織の日本支部に潜入させていた塚本の現在の恋人で看護師をしていた樋渡初美の行方を探すこと。塚本は、この組織の内部情報をとるため、恋人にしていた女性を「潜入」させていて、この辺が典型的な「サイコパス」的なところですな。

話のほうは、絵麻が覚醒剤をやっていると疑った同僚刑事の筒井が組織に捕まったり、組織に転向していた樋渡初美に正体をあかしてしまった絵麻に、ロボトミー手術の危機が迫ったり、さらには、組織のアジトから脱出するために火事騒ぎを起こしたり、と「取調室」を中心にしたいつもの話とはうって変わって、アクション満載でハードボイルド・タッチである。

絵麻の活躍は原書で確認してもらうとして、ネタバレ的にいうと、絵麻を弄んでいた元恋人の「塚本」は絵麻と今の恋人・樋渡から天誅をくらわされるので、そのあたりはスッキリすることをお知らせしておきます。

【レビュアーから一言】

本シリーズの読みどころは、犯行を認めない容疑者たちを、行動心理学の手法で鮮やかに「落とし」ていく、「エンマ様」こと楯岡絵麻の活躍なのだが、もう一つの楽しみとして、行動心理学のTipsの数々である。
今巻は、今までの「大脳辺縁系」の話以外に「体格類型論」とか

赤を好む人間は行動力がある反面、攻撃性も強く、周囲と衝突することが多い。そそいてネックレス、腕時計、指輪などの貴金属類。過剰なアクセサリーは、自信のなさを現す。ジムで鍛えたであろう粒々とした筋肉や小麦色の肌も、アクセサリーと同様だ。強烈なコンプレックスとプライドの高さをうかがわせる。
支配的な性格だが、自分に自信がない。
そのため、友人は年下ばかりになる。
こういうタイプは扱いやすい。ひたすらおだてて気分良く喋らせれば、いずれボロを出す。

といった人間の「類型論」も紹介されているので、新基軸もあってお得ですな。

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