警官の起こした事件の陰の哀しみを「エンマ様」が推理する ー 佐藤青南「行動心理捜査官 楯岡絵麻 ストレンジ・シチュエーション」(宝島社文庫)

行動心理官シリーズも5巻目となり、絵麻をはじめとした登場人物の役回りや得意技も明確になってきて、こなれたストーリー展開を見せている。

今回は、第一話目の被害者の子どもたちのストーリーが最終話まで並行して進むという、凝ったつくりになっているので、短編集ながらも、一つの流れにそれぞれの短編を包み込もうという筆者の努力が垣間見えますね。

【収録は】

第一話 信じる者はすくわれる
第二話 ホーム・スイート・ホーム
第三話 センターは譲れない
第四話 非家族の肖像

となっていて、それぞれの内容は、警官が起こした強盗殺人事件、マンションでの女子大生失踪事件、地下アイドルの殺人事件、ブラックな飲食チェーンの社長令嬢誘拐事件、といったもの。
初出は2016年かあるいは2017年ごろの書き下ろしで、この話のモチーフは。あの事件かな、と想像してみてもおもしろいかもしれない。

さらに、第一話の被害者の子どもたちのストーリーが、それぞれの短編に並行して描写されていて、収録は4話であるが5話分の厚みはありますね。

【あらすじと注目ポイント】

第一話の「信じる者はすくわれる」は楯岡・西野コンビのライバルの片割れである綿貫の警察の同期生である「宮出耕史朗」という警察官が起こす事件に関するもの。その事件とは、この宮出が、闇カジノの負け組仲間の倉林友一という男と共謀して、都内で飲食店のフランチャイズを経営する江口夫妻を刺殺したというもので、倉林は、江口夫妻を殺したのは宮出だと主張していて、凶器の包丁や、血のついたシャツが宮出の家から発見されたということを証拠だと言うのだが・・・、という筋立て。

この倉林の主張を崩すのは、今回は残念ながら物理的な分析で、行動心理は、宮出が包丁やシャツを自宅に持ち帰った理由の解明のところで、ちょっと切れは鈍いな。もっとも、この第一話は第四話に至る長いプロローグと考えればよいのかもしれない。

第二話の「ホーム・スイート・ホーム」は、名門私大に通学する、生真面目な女子学生・溝脇千尋の失踪事件の解決。

この事件では当初、麻友という妹と、千尋の恋人(らしい)の城田という男が何か隠しているのでは、と疑惑をもった絵麻がお得意の「行動心理学」で「落とし」ていく。もっとも「千尋失踪事件」は、思わぬ結末になるので、作者の手の内にはまらないようにご注意くださいな。

第三話の「センターは譲れない」は「星野麻理恵」という地下アイドル・グループ「さくらんぼアーミー」の一人が、モデルガンのライフル銃で撲殺される事件の解決。

「恋愛禁止」のアイドル・グループであるのだが、グループの別のメンバーの枕営業や、星野麻理恵自体も、ファンの一人と数日間交際してポイ捨てするといった所業の数々で、まあしたたかなタマの揃ったアイドルグループなんである。事件の真相は、まあ「アイドルグループ」という閉じた狭い世界での愛憎のもつれですな。

第四話の「非家族の肖像」のメインストーリーは、ブラック企業批判が高まっている飲食チェーンの社長の長女の誘拐事件なのだが、第一話で事件の被害にあった江口夫妻の子どもたちの秘密も明らかになる。第二話と第三話の冒頭でこの兄妹が何か秘密を持っているようなくだりが挿入されているので、この江口兄妹の話が、この巻全体を貫くストーリーであることを明らかにしている。

で、メインストーリーのほうは、この飲食チェーンは過労死させられた遺族からの訴訟が相次いでいて、この誘拐自体も、この会社や会社の社長に恨みを抱く人間の仕業ではという方向で捜査が進んでいくのだが、容疑者と疑われる人物が自殺してしまう。これで事件は解決か、と思われるのだが、飲食チェーンを告発する告発文と、容疑者が残した遺書の筆跡の違いに気がついた絵麻が、真犯人を明らかにする、ってな展開である。

さらに、江口兄妹の秘密のほうは、妹の風貌が、二年前に殺された一家のうちの行方不明の女の子にそっくりといったところから、第一話で殺された江口夫妻の意外な正体に及んでいくのであるが、こうした事件で被害を受けるのは常に「子ども」だよな、と少々暗くなってくる。兄妹の絆の強さがせめてもの救いでありますな。

【レビュアーから一言】

当初いがみあっていた。筒井・綿貫ペアも、絵麻に協力する場面も増えてきて、どうやら「エンマ様」ファンも増えそうな気配である。ファンが増えるのはいいが、次巻以降は新たな対立軸か強敵を引っ張り出して、絵麻のさらなるレベルアップを期待したいところ。

この巻で使えそうな「行動心理学」Tipsは

見た目が釣り合っているほど、交際に発展する確率は高いし、実際に交際が始まってからも上手くいく。人間は自分にないものにも憧れるけど、自分と似たものを好きにもなる。逆をいえば、相手のことを好きならば、自分が釣り合う存在になろうと、好きな相手に容姿を近づけようとする(P119)

という男女の外見的な魅力が釣り合っているほど,恋愛関係は進展しやすいという考え方である「マッチング仮説」で、「似たもの夫婦」の現象とかはこれで説明できるのだろう。このほかにも、相手との共通点を探しておけば、「口説き」のテクニックにも使えるかもしれんですね。

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