移動図書館バスは「本」と一緒に「謎」も運ぶ ー 大崎梢「本バスめぐりん」(東京創元社)

「成風堂書店」シリーズなど、書店まわりのミステリーで定評のある大崎梢さんが、今回、練り上げたのは「移動図書館バス」にまつわる話。
「移動〇〇」というと、人口が少なくて過疎化している町や、市の中心部から遠く離れていている地域などを巡るものを思い浮かべるのだが、今回の移動図書館バス「めぐりん号」は、神奈川県の横浜市に隣接し、東京圏への通勤圏内であう「種川市」に図書館バス、という設定である。
都市部を巡るので、そこには山村地域や過疎地域とはちょっと違う人間物語や「本」に関する物語が展開されていて、これはこれで味わい深い「図書館」物語に仕上がっている。

【構成とあらすじ】

収録は
テルさん、ウメちゃん
気立てがよくて賢くて
ランチタイム・フェイバリット
道を照らす花
降っても晴れても

の五話となっていて、一話一話に、謎解きがあるのだが、大崎ミステリーの多くとおなじく、「日常のミステリー」が展開されている。

まず第一話目の「テルさん、ウメちゃん」は、本作の始まりの物語。主人公の一人である、会社を定年退職し、第二の職場も退職して暇をもてあましていた、「照岡久志」こと「テルさん」が、移動図書館「めぐりん号」の運転士兼司書補助として働き始める話。「ウメちゃん」は、この「テルさん」の移動図書館の先輩司書の「梅園菜緒子」という二十代半ばの女性である。

話の筋は、移動図書館で借りた本の中に忘れ物をしたと訴える利用者の声を受けて、その直後に本を借りた初老の女性に尋ねるが、どうしたわけか忘れ物があったことを認めようとしない。単に意地悪でいっているのか、それとも・・・、というところの謎解き。

コージー・ミステリーが、見知らぬ人を結びつけるあたりが、ほんわかした気分を運んでくれますな。

第二話の「気立てがよくて賢くて」は、本バス「めぐりん号」の巡回先である「殿ヶ丘」という団地でのお話。この「殿ヶ丘」というところは以前の高級新興団地で、以前は人口も多かったのだが、いまでは老人が主体の寂れた団地となっている。

当然のようにバスの利用者も少なくなって、今では巡回先からはずそうか、といった話も持ち上がっている団地である。この現状を打破するため、団地の有志が、利用者拡大を目指して、近くの保育所にバスの巡回日に園児をつれてきてもらうよう交渉しようとするが、団地の古株はなぜか「それは無理」と尻込みする。保育園の園長は人柄もよく、園児も本を読むよう園内の環境を整備しているぐらいの「本」好きなのに・・・、という話の謎解き。

子供の声が煩いと保育園や幼稚園の立地を拒む人もいるご時世と「若気の至り」というのは、人だけでなく、人の集まりが「若い」ときにも起きうることなのだな、と思い当たる。

第三話の「ランチタイム・フェイバリット」は、「めぐりん号」が巡回するステーションの一つで、最近、頻繁に通ってきてくれる「野庭悦司」というちょっとイケメンの真面目な勤め人にまつわる話。

そのステーションは、いくつかの会社の集まったワーキングエリアにあるのだが、その中央にある広場では、昼食時には、いくつかの移動販売車がでている。彼は、本バスに来て本を探していると同時に、その広場のほうをうかがっている様子である。

なにか不審なものを「テルさん」が感じているうちに、「めぐりん号」内で、奇妙な「忘れ物」事件が発生する。バスの中に忘れ物の「忘れ主」を、「テルさん」や「うめちゃん」、そして野庭くんほかが協力して「忘れ主」を突き止めるのだが、その「忘れ主」の女性は、広場に出ている移動販売の「シチュー屋」の割引券をみんなに押し付けていうのだが、なぜに?、といった話。

シチュー屋と野庭くんの関係性が謎解きの鍵なのだが、ここから先は原書で。

第四話の「道を照らす花」は、本バスのステーションの一つ、種川市の古い公団住宅「宇佐山団地」に横須賀から引っ越してきた「宮本杏奈」という中学生の女の子の話。

彼女は母親を最近亡くしていて、父親と二人暮らし。転校してきた学校にもまだ不慣れなせいか、本バスが来る日には、必ずといっていいほど、やってきて本を借りていく。

それだけなら、何の不思議もないのだが、どういうわけか、普通の児童文学書やエッセイ集、写真集などのほかに、ミヒャエル・エンデの「モモ」を何度も借りていくのだが何故・・・という話の謎解き。

謎解きの鍵は、亡くなった母親の思い出にあるのだが、この娘が困っていると、団地の人やら、学校の同級生や下級生がなんとか助けたいと関わってくるのだが、彼女の容姿は

年端もいかない少女なので美人というより可愛らしい、だろうか。大きな瞳も長い睫も細い鼻筋も小さな口元も、清らかで可憐だ。髪型や着ている服は地味なので、造作の良さがいっそう際立つ。

といったことであれば、なんとなく理解できますね。

第五話の「降っても晴れても」は、本バス「めぐりん」がPRのため「市民祭り」に参加する話が持ち上がるのだが、その矢先に、「テルさん」が利用者をえこひいきしている、という投書が届く。彼には全く覚えがないのだが、という話の謎解き。投書の主は、人気の「暁烏吉右衛門シリーズ」を棚からとってくれと頼んだが、そのえこひいきしている女性と話し込んでいて、とりあってくれなかった、と苦情を投書してきたのだが・・、というもの。

謎解きの鍵は、公立図書館の本ってのは、人気の本はなかなか借りれないですよね、というところ。

【レビュアーから一言】

大崎梢さんのミステリーでほっとするのは、厄介な人間模様や愛憎劇が、底にはあっても、さらりと描かれているので、気分がどよんとすることなく読めるところであろう。
この話も血なまぐさい殺人などはでてこないので、スプラッタや嫌ミスの苦手な人も安心して読める仕上がりになっている。
仕事に疲れた時の、箸休めにもってこいと思いますね。

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