手を掴めなかった苦い思いが、次のステップへの道標だ ー 成田名璃子「東京すみっこごはん 楓の味噌汁」(光文社文庫)

東京の私鉄駅沿線にある昔ながらの商店街のはしっこにある共同台所を舞台に繰り広げられる人情ものがたりの「東京すみっこごはん」シリーズの第四弾である。
再開発による閉鎖の危機も乗り越え、このすみっこごはんを守ってきた「柿本」と楓の母との思い出も前巻までで確認し、人情物語もほっこり度を増してきたのだが、今巻はちょっと「苦いもの」を後味に残す物語群である。

【収録とあらすじ】

収録は
「やすらぎのクリームコロッケ」
「SUKIYAKI」
「楓の味噌汁」
の三編。

まず、第一話の「やすらぎのクリームコロッケ」は、地方から出てきて、派遣社員をしながら、読者モデルをしている「瑠衣」という三十代の女性が主人公。都会に憧れて田舎を出、読者モデルという、華やかっぽい世界に身を置くために、生活をきりつめながら精一杯背伸びをすつ彼女の姿は、なんとも哀しく、彼女の心の中の空虚さにおもわずウルウルしてしまいますね。

すみっこごはんで、楓たち常連メンバーと共同調理を続ける中

私もたまらず「はっふぃ」と言いながら、くりーむころけのクリームが衣の中からとろけ出てくる口福に身を委ねた。どんな承認ボタンも押さなくていい。つくった相手は目の前にいて、皆の表情を見て満足気にしているし、私達もまた無言のナイスを言葉でもボタンでもなく、食べるという行為だけで伝えられるという確信があった。

といった感じで、すみっこごはんの新常連メンバーか、という期待もあったのだが、楓の境遇を誤解して、再び虚構に世界に帰っていくのが寂しいですね。

最後のほうで、すみっこごはんの2階の雨漏りがひどくなり、修理のため、2階に上がった楓たちは新しいノートを発見するのだが・・・、といったところの結末は原書で確認してください。

第二話の「SUKIYAKI」は、母子家庭の中学生の男の子・奥村瑛太が主人公。

離婚後、加工工場のパート、スーパーのレジ打ちとほとんど休みなく働いているが、修学旅行の積立もままならない母親の様子を見て、母親は高校進学して欲しがっているということを感じながら、その希望を心の底に押し込めて暮らしている「瑛太」の日常が、すみっこごはんのメンバーに出会うことによって、ささやかな変化そしていくのだが・・・、という展開。

ネタバレを少ししてしまうと、ちょっとだけ希望をもっていいんだと思い始める瑛太が

みんなが普通に受け取れるものを受け取れないで育つと、怖くなるんですよ。差し伸べられる手とか、うまい話とか自分なんかにそんなこと起こるわけないって。・・・予め受け取らずにいれば、その話がダメになった時、やっぱりねって言えるじゃないですか。こんなにみっともなく取り乱してしなくて住むじゃないですか

と心ならずも、楓に向かって言う場面の瑛太と楓の心情が、こちらの心に突き刺さる。

次巻で、すみっこごはんの戸を、笑顔で開ける瑛太の姿が見たいですね。これは当方からの筆者へのお願いである。

第三話の「楓の味噌汁」は、第一話、第二話で心の中に「重いもの」を抱えてしまった楓におきる、思ってもみなかった人との再会である。

今話の主筋は、板前をしている金子さんの弟弟子が、すみっこごはんで料理を披露するのだが、金子さんの厳しい言葉に反発し、彼の秘蔵の刀を盗んで姿をくらましてしまう。そして、その事件と並行するように、楓の前に、彼女の実の父親が現れて・・・、といった展開。

結論から言うと、兄弟子と弟弟子の間柄は、兄弟子は自分のレシピを盗んだ話とともに包丁を弟弟子に贈って一つ上のステップに上がるし、楓の実の父親も、彼の新しい生活にちゃんと戻っていくこととなるのだが、一番大きな収穫は、

スーパーウーマンだったお母さんは、もはや私の中で一人のリアルな女性になっていった。追いつかなくてはいけない女性ではなく、姿の見えない親友のような存在に変わっていた。
それでも、お母さんは、手を伸ばしつづけたんだよね。この場所で、今日より明日、強く、遠く、手を伸ばせるって信じていたんだよね。

と「楓」が一つ上のステップに上がったことであろう。彼女の出す「出汁」はさらに味わいをふかくするんだろうな、という思いを強くしましたな。

【レビュアーから一言】

第一話、第二話のあたりでは、「すみっこごはん」も万能薬ではなかったのか・・・、という寂しい思いを強くさせるのだが、第三話に至って様相が変わってくる。
次のステップにジャンプするためには、まず縮まないといけない、というのは「すみっこごはん」の場合にも当てはめるようで、瑠衣や瑛太の手を掴みきれなかったことが、さらに大きな強い手となっていこうと決意する「きっかけ」となっているようだ。

物語の最後の方、「瑠衣」がすみっこごはんに顔を出すシーンもあって、今後の「瑠衣」、「瑛太」の新しい姿が見られることを期待させて次巻へ続くのであった。

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