「事件の真相」は忘れた頃に明らかになる ー 大崎梢「忘れ物が届きます」(光文社文庫)

2019年1月当時のこの本の扉絵は、あどけない表情をした姉弟が、小人の郵便配達から手紙を受け取っているもので、これはファンタジー系の話かな、と思って読み始めたのだが、その予想を裏切る、正統系のミステリーでありました。
大崎梢さんのミステリーの多くのように、血なまぐさい殺人とかはでてこないのだが、今回は、人の心の裏側が見えるような「ずっしり」と思い感じを後に残すものもあって、ひさびさの「フルボディ」な仕上がりになっているのが本書『大崎梢「忘れ物が届きます』である。

【収録とあらすじ】

収録は

「沙羅の実」
「君の歌」
「雪の糸」
「おとなりの」
「野バラの庭へ」

の5編

まず第一話の「沙羅の実」は、二十年前に開発された分譲地に住む家族のもとへやってきた不動産会社の社員・小日向弘司の過去におきた失踪事件に関する話。彼には小学校6年の時、不審な手紙におびきだされ、河川敷の小屋に軟禁された経験があるのだが、事件から二十年後、当時、彼のクラスの隣のクラスの担任教員によって、真相が届けられるもの。

彼の失踪・軟禁事件と同じ日に、彼の親友の義理の父親がビルで転落しているのだが、どうやら、彼の失踪はそれと関連がありそうで・・・、という展開なのだが、ネタバレ的には、友人の苦境に一肌脱いだ友情物語。

第二話の「君の歌」は、高校生の「湯沢芳樹」の中学校の時、そこでおきた「佐藤しおり」という女子中学生が襲われて怪我をした事件の真相が、芳樹の友人によって届けられる。

その事件は、その女の子が友人からのニセ手紙で美術準備室におびき出されて被害にあうのだが、本当に狙われていたのは、別の女の子であったらしい。暴行現場は一種の密室状態になっていて、犯人がどこから逃げたのかわからない。事件のすぐ後、その中学の三人の不良グループが現場近くから逃げ出したのが目撃されていて、彼らが犯人と疑われるのだが、彼らは「はめられた」と主張する。果たして真相は・・・、といった展開。

女の子であっても無茶はするんだ、というのが謎解きの「鍵」ですね。

第三話の「雪の糸」の舞台は「越谷」。ここに住んでいて、別れの日を迎えた「カップル」にきたちょっとした謎の話。
このカップルの男性のほうが、飲み会の後、一緒だった先輩から、その日の午後十時に、先輩の会社に電話をしてくれるよう依頼を受ける。その先輩は仕事が立て込んでいて、飲み会の後、会社へ戻って仕事をするのだが、アルコールが入っているので眠ってしまうといけないから、ということである。家へ帰った男性は、しばらくうたた寝した後、約束の時間に電話するが、その先輩は電話に出ない。翌日、先輩に連絡をとると、先輩からお礼を言われ、電話を待ちなが桜を見上げていたら雪がふってきた、といった話をし、「あれでよかった」と言ってもらった。

ところが、午後十時にかけたと思っていた電話は、カップルの女性の方のいたずらで、1時間遅れで電話していたことが明らかになる。定時に電話しなかったのに、何故、先輩はお礼を言うのか、しかも、先輩の会社のある東京ではその日、雪はふっていない。先輩は一体どこにいたのか・・・、という設定。

雪は埼玉のほうでは降っていたのだが、先輩が埼玉にいながら東京にいるトリックを成立するには、相棒が必要になるのだが、さてその人物は、といったことも含めての謎解きである。

その先輩は当時、専務の娘とつきあっていたのだが、その娘は偽装に協力しそうなタイプではない。その先輩は、しばらくして会社を辞める。結構な額の使い込みがあったらしいが、というのが今回の謎解きの伏線である。

第四話の「おとなりの」は、十年前に郊外の住宅地で起きた強盗殺人事件にまつわる話。その事件は、被害者の息子の部下の犯行ということで決着してはいるのだが、その時に、物語の主人公である、小島邦夫の長男の准一が一時期、犯人として疑われていた。准一くんは、その日、病気で学校を休んでいたのだが、彼の会員カードが事件現場の近くで発見されたことが疑いを招いた原因。

お隣の住人の奥さんが、准一が犯行時刻に家にいた事を証言してくれて疑惑は晴れたのだが、十年後、犯行時刻頃、現場近くで准一の姿を見かけたということを近所の商店主から聞き、実は息子が事件に関わっていたのではという疑惑を抱く。さらに、隣人の奥さんはなぜ、嘘の証言をしたのか、という謎も加わって・・・、という展開。

信頼できる隣人は貴重ですね、ということをしみじみ感じる結末であります。

最終話の「野バラの庭へ」は、東京・神保町の企画会社に勤務する「中根香留」という女性を主人公とする話。彼女が、鎌倉に住むお金持ちの老女の個人的な回想録をつくるという仕事ででくわした、その老女が若い頃に、でくわした謎の事件の解決。

事件というのは、彼女の兄のかつての婚約者・統子に関するもので、この婚約者が、結納の日取りが決まったことを祝うパーティーの始まる前に、忽然と姿を消してしまう、というもの。彼女は兄とは別の恋をしている男性がいたのでは、とか、失踪後、アメリカに渡ったとかの噂もあったのだが、失踪の真相は・・、というのが今話の謎解きの第一展開である。

失踪の謎は、この老女の口から、統子が愛し合っていた男性がだれであったか、そして、彼女が、協力者の助けを得て、室内のクローゼットに身を隠し、失踪とみせかけたことなど、ある程度明らかになるのだが、彼女の失踪事件の陰には、全く別の悪巧みがあって・・・、といったことが謎解きの第二展開である。

男の友情というのは、女性がからむと脆いですね、さらに、欲がからむと男女の恋も脆いですね、といったことが謎解きの鍵になりますね。

【レビュアーから一言】

事件当時、無事に解決して一件落着のように見えていても、年月を経て、当時、事件の底のほうに沈んでいた「本当の真相」が、ぼこっと浮かび上がってくると、今まで疑わなかった、自分の立っているところがぐらつく感じがしてきて、なんともいえない不安がこみあげてくるものである。

そんな、時間を経て浮かび上がってくる「真相の話」の舞台になるのは、主人公が中学生当時の事件であったり、数十年前の古都の金持ちの屋敷で起きた事件であったりと、場所や時代設定もまちまちなのだが、いずれも身近でおきているような事件である。
いつ「真相」がぼこっと浮かび上がってくるか、ドキドキしながら読んでくださいな。

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