「望」くんの料理の腕も、お蔦さんの推理も冴え渡っております ー 西條奈加「お蔦さんの神楽坂日記 みやこさわぎ」(東京創元社)

元芸妓で、まだまだ元気で粋な祖母・お蔦さんと、彼女と同居している、料理上手の「望」くんとが、住んでいる神楽坂を中心におきる、日常の謎の数々を解きほぐしていくという、「お蔦さんの神楽坂日記」の第三弾である。
望くんの初恋の相手「楓」ちゃんも無事進学し、彼女の実の父親で風来坊の画家・泰介おじさんも今の所、放浪の旅にはでていない、ということで、今巻では、大きな波瀾はない。
とはいうものの、そこそこの事件は尽きないもので、事件は小さいが、それなりに細かな味わいの事件ばかりで、お蔦さんの推理と、望くんの料理もますます冴えわたるのが今巻である。

【収録とあらすじ】

収録は

「四月のサンタクロース」
「みやこさわぎ」
「三つ子花火」
「アリのままで」
「百合の真贋」
「鬼怒川便り」
「ポワリン騒動」

の六編。

 

 

第一話の「四月のサンタクロース」は、小学校二年生の「真心(こころ)」ちゃんが、彼女の両親が自分のせいで「離婚」してしまうのでは、と心を痛めている案件の解決。
真心ちゃんのお父さんは、神楽坂でイタリアン・レストランを経営しているのだが、最近になって、真心ちゃんが自分の実の子供ではないのでは、という疑惑が心の中で大きくなり、親子鑑定をするしないで、夫婦仲が悪化しているという筋立て。

どうやら、つい最近になって、奥さんの元カレが店を訪ねてきて、自分がこれからやる店の料理長をやらないか、と誘ったことが遠因らしいのだが・・・、ということで、主人公の望のおじさんで頼りない芸術家の泰介が、お蔦さんの命で説得に乗り出すのだが・・、といった展開である。
この説得工作を通じて、泰介おじさんと彼の娘「楓」の仲がほぐれていくのが怪我の功名ですな。

第二話の「みやこさわぎ」は神楽坂の新進の芸妓・「都」さんの結婚による引退騒ぎの話。

彼女はお座敷にきていた飲食店を十数軒経営している若手実業家に見初められて、結婚するのを機に引退することとなっていたのだが、婚約指輪を贈られてしばらくして、婚約解消を一方的に「都」が言い出し、失踪するという騒ぎを起こす。
ネタバレをちょっとすると失踪する数日前、お蔦さんと望のところを訪れた都さんに、望は、戴き物の「すだち」を使って自慢の手料理をごちそうしたばかり。

彼女の筋がいいのは、踊りが得意だった徳島に吸うんでいた祖母の血を引いているようなのだが、この失踪騒ぎは、この祖母に関連していて、この祖母と都さんの婚約者とが徳島を襲った水害で関連がありそうなのだが、詳細は原書で。

第三話の「三つ子花火」は、二歳十ヶ月の三つ子の母親の家出の理由解明と解決の話。お蔦さんの知り合いの三つ子の母親でもある「美穂子さん」が旅行に出る、一週間後に帰る、とおう手紙を残して姿をくらましてしまう。父親は広告会社に勤めていているのだが忙しいため、三つ子の世話をお蔦さんたちに頼ってくる。どういうわけか、いつもは人情深いお蔦さんは、彼に妙に冷たくて・・・、といったあたりの謎をときほぐす話。

一見、イクメンで、仕事もできるってな旦那さんが、奥さんには要求水準厳しいってなことは、よく見かける光景であるのだが、そのままでは「お蔦さんに叱られる」ことになりますよ。

第四話の「アリのままで」は、「望」の学校での話。彼の学校では秋の学園祭が有名で、中高一貫の六学年で、英語劇の出来を競うのだが、「望」の幼馴染・小阪翠のクラスの演目に関連した話。

話の中心は、笹井真棹という名門女子校から、望の学校に編入してきた秀才少女で、彼女がなぜ編入してきたのかといったことを軸に物語は進行するのだが、意外に、こういう真面目な女の子の書く英語シナリオが面白かったりするんでしょうね。

話のおまけは、望の従姉妹の楓が「虫フェチ」であることが判明するところかな。

第四話の「百合の真贋」は、お蔦さんと昔からの知り合いで、日本画の巨匠・振動省燕画伯の若い頃の作品に関するもの。

彼が若書きした作品が、遺産相続で姉弟が争う種となっていて、作品の真贋が問われる話。遺産争いの顛末とは別に、若い頃に書き飛ばした作品を、作者自信がどう思っているか、ということが絡んでくるので、話が複雑になるのだが、お蔦さんが「スパッ」と解決するところが小気味いいですね。

第五話の「鬼怒川便り」は、お蔦さんの知り合いの息子さんらしい人から「鮎」が二十尾以上届くところから謎はスタート。この鮎を見て、ずいぶん昔にお蔦さんと望の祖父(お蔦さんの旦那さんだね)が大げんかをしていたことを、「望」が思い出すのだが、お蔦さんに聞いてもそんな記憶はない、ととぼけている。何か隠していそうなのだが・・・、という展開。

喧嘩の原因は、「鮎」ではなくて、鮎を贈ってくれた「ロクさん」という人物に関わりがありそうで、望くんがあちこち聞き込みに回ってわかった真相は、祖父とロクさんの友情話なのだから、このミステリーの害にないところではある。

最終話の「ポワリン騒動」は、望くんと洋平の幼馴染のサッカー少年の森彰彦の兄の話。

この兄は、イケメンで秀才で、女の子が一目惚れするのだが、いざ付き合ってみると、極度の「オタク」でいつもふられているばかり、という高校生。彼が最近、コミケのマンガを大量に買ったため、その支払に、親から二十万円を出してもらうのだが、どうやら「ポアリン」という女子の全額貢いでいいるらしい、ということで、望くんたちが捜査を開始するという展開。

ネタバレ的にいうと、オタクらしい行動と、オタクの男女のほのかな恋ものがたりの始まり、ということで、なんとも微笑ましい青春物語であるのだが、詳細は原書で。

【レビュアーから一言】

推理とあわせて、このシリーズを特徴づけているのが、料理が全くできない「お蔦さん」にかわって、「男子、厨房に入る」の実践者である「望」くんの料理の数々である。

季節的に今巻は、学校の入学式が終わった四月の中頃から、夏休みにかけての話であるのだが、料理のほうは

玉ネギとニンニクのみじん切りを炒めて、米は洗わずにそのまま投入する。半透明になるまで炒めたら、トマトを加え、さらに水とスープの素、塩で味をととのえる。本当は生のイカの方が美味しいけれど、今日はシーフードミックスで済ませた、ワインをふってレンジで軽くチンすると、シーフードの冷凍くささが消える。あとはエリンギとシーフード、殻をこすり合わせるようにして洗ったアサリを入れ、蓋をして弱火で十五分、水分がなくなるまで炊き上げる。炊き加減は、音で判断する。チリチリと音がしてきたら、いい感じのおこげは焼き上がった合図だ、好みでレモンを絞る。
パエリアに、スープとサラダだけの食卓だが、学さんは大げさなほど褒めちぎってくれた。ただ残念ながら、子供たちには不評だった(三つ子花火)

であったり、

粗熱をとった鍋に、市販のカレールーとヨーグルトを加える、本当はココナッツミルクと酢にするところを、ヨーグルトで代用した。・・・鍋を冷ましたのは、ヨーグルトの分離をふせぐためと、カレーがなめらかに仕上がるからだ。最後に殻を剥いた生のエビと、レンジで固めに熱を通したインゲンを加えてひと煮立ちさせ、ちょっとアジアン風なシーフードカレーのできあがり。いまの時期にぴったりな、夏向きなカレーだ。(「百合の真贋」)

といった感じで、第五話以外は洋風のものが目立っていて、季節感があるかどうかは判断の分かれるところであろう。ただ、どれも、推理のおまけとはいえないぐらい、旨そうな雰囲気であるので、「料理」と「謎解き」というセットメニューを今回も十分堪能してくださいな。

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