郊外の小さな料理教室は、小さな謎解きの宝庫でもある ー 碧野圭「菜の花食堂のささやかな事件簿」(だいわ文庫)

料理を題材にしたミステリーは数々あるが、料理人を主人公にしたものは、近藤史恵さんの「ビストロ・デ・マル」シリーズとか、友井羊の「スープやひつじ」シリーズとかがあるのだが、東京の武蔵野にある料理教室を舞台にした、この「菜の花食堂」シリーズも、ほんわりとした感じが味わい深く、よろしい出来具合のミステリーである。

収録は

「はちみつはささやく」
「茄子は覚えている」
「ケーキに罪はない」
「小豆は知っている」
「ゴボウは主張する」
「チョコレートの願い」

の六編。

今巻は本シリーズの第一作なので、シリーズのメインキャストである、普段は「菜の花食堂」という昭和モダンな木造家屋を店舗にした食堂を経営していて休日に料理教室を開催している「下河内靖子」先生と、彼女の料理教室のアシスタントを勤める「館林優希」の登場のシーンから始まる。

【収録と注目ポイント】

 

第一話の「はちみつはささやく」は、シリーズの最初の話。話の主人公となるのは、音大で自宅でピアノを教えている、まあ、「セレブのお嬢さん」といったところの「和泉香奈」さんという24歳の女性の恋愛譚の謎解き。

彼女はITの大手企業に勤めている彼氏がいて、手料理をよくふるまっていたのだが、ある時、彼から「こういう料理の仕方をする女性とはやっていけない」と言われてしまう。さらには、彼が勤務先とは離れた街にあるビルにちょっと派手目の女性と親しそうに入っていく所を目撃し、もう彼との仲は終わりかもしれない、としょげていた案件の解決。

「靖子先生」のアドバイスで、香奈さんは、今まで隠していた自分の姿に気づくのだが、彼との仲にとってよかったかどうかは、原書を読んでのお楽しみ

 

第二話の「茄子は覚えている」は、料理教室に通ってくる、数少ない男性の「杉本さん」が主人公。

彼の亡くなった奥さんの「茄子料理」の再現がメインであるのだが、それが彼の再スタートに結びつくあたりが、めぐり合わせというところなんでしょうね。

第三話の「ケーキに罪はない」は、菜の花食堂の料理教室のアシスタントをしている、このシリーズのメインキャストの一人の「館林優希」ちゃんの以前の職場の話。

彼女が以前勤めていた旅行会社を辞めてしまった理由が、先輩の退職記念で買ってきたケーキが酸っぱかったことを、同僚たちに咎められ、意地悪され、といったことなのだが、ケーキが酸っぱくなった真相を靖子先生が解き明かすもの。謎は解けても、ちょっと心の傷は深くなった気がしますね。

第四話の「小豆は知っている」は、ベテラン主婦ながら料理教室に通ってくる、村田佐知子さんという中年女性の家庭のトラブルの解決。

彼女には、医大を目指して浪人している息子がいて、ある日、その、息子が小豆を煮ていたのだが灰汁がとっていなかったので、彼女が捨ててしまう。その息子は激怒して、彼女に暴力をふるってしまいのだが、その背景には・・・、という謎である。

靖子先生が推理すれば、親思い、兄弟思いの息子であることがわかるのだが、こうでもないと親子ってのは、なかなか本当のことはわかり会えないのかもしれないですね。

第五話の「ゴボウは主張する」は、ママ友づきあいの中で、疲弊気味であった、「八木さん」という女性を元気づける話。

もっとも、この八木さんは子供がなくて、ママ友仲間の子供の面倒をみているので、正確には「ママ友」ではない。謎ときは、このママ友の一人の子供がちょくちょく行方をくらますのだが、どこに行っているのかというものなのだが、この謎とは関係なく、ママ友内の力関係はなんともうすら寒いな。

最終話の「チョコレートの願い」は、菜の花食堂の経営者で料理教室の主宰である「靖子先生」の家族に関する話。

行き来が途絶えがちの、靖子先生の娘から誕生日プレゼントと称して「真っ赤な毛糸の帽子」と「板チョコが一つ」届く。先生がその娘に電話をすると、電話は使用不能になっていて、娘も所在不明になっている・・・という話の謎とき。
近況をプレゼントに託して、謎解きをしかけてくるのはちょっと面倒くさい娘さんなのだが、長い間不和であったことを考えればやむをえないか。

この話で、靖子先生が三日程度、娘の住むフランスに行くことになるのだが、一連の取り回しで、優希ちゃんの別の才能が発見されるあたりが次巻への橋渡しになってますね。

【レビュアーから一言】

「お料理教室」を舞台にしたミステリーなんであるが、料理のメニューなどは少なめ。日常でおきる謎解きを、料理の材料やメニューになぞらえながら、解いていくといった展開が多いのがこのシリーズ。

謎解きもさることながら、旅行会社を辞めて派遣で働いていることに挫折感を持ち、劣等感をかなり引きずって活きている「優希ちゃん」が料理教室のアシスタントを勤めるうちに、だんだんと顔を上げて行きていくようになっていくのが、嬉しくなってしまう筋立てでありますね。

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