ブラックコーヒーのごとく、ほろ苦い「おばあちゃん探偵」ミステリーをどうぞ – 吉永南央「萩を揺らす雨 紅雲町珈琲屋こよみ」(文春文庫)

地方の小都市で、和食器とコーヒー豆の小売をしている「小蔵屋」という店を営んでいる「お草(そう)」さんという、数えで七十六歳という「おばあちゃん探偵」が主人公となるのが、この「紅雲町」シリーズである。

舞台は、本書の中の「小蔵屋のある紅雲町は、二十四万人が暮らす市の市街地に近く、大きな白い観音像が立つ丘陵と幅の広い川の間に位置する地域で・・」や「上越新幹線の本庄あたりで降っていた土砂降りの雨を、草は思い出していた」といったあたりから、群馬県前橋市あたりと推測したのだがどうであろうか。当方は、前橋市の様子には疎いので、詳しい方はお知らせくださいな。

【収録と注目ポイント】

収録は

「紅雲町のお草」
「クワバラ、クワバラ」
「0と1の間」
「悪い男」
「萩を濡らす雨」

の五話。

まず最初の「紅雲町のお草」は、本シリーズのデビューとなる作品で、まずは「小蔵屋」の様子とか、メインキャストとなる小蔵屋を営む「お草」さんや従業員の「久美」ちゃんの紹介のあたりから始まる。そして、この小蔵屋は小売を商っているのだが、店の宣伝のため、コーヒーの試飲サービスを行っていて、ここでの話が事件の兆しを嗅ぎつけたり、事件の解決のヒントを手に入れたり、といった設定である。

【レビュアーから一言】

シリーズ最初の話の事件は、近くのマンションで夜中に女子高生が目撃した、一階の部屋の窓に手のひらが押し付けられ、しかもその手のひらは血まみれだった、という話から始まる。その手のひらの跡が残っていたという部屋には、最近再婚した内科医夫婦と、成績が良くて行儀もいい中学生、そして最近引き取られた夫の母親が住んでいるとのこと。さては、この老人の虐待事件か?と「お草さん」が調べ始めるのだが・・・、という展開である。

虐待事件ではあるのだが、あ、そっちか、という真相と、その解決の仕方が、「おばあちゃん探偵」らしくない乱暴さが特徴ですね。

第二話の「クワバラ、クワバラ」は、お草さんの小学生時代のいじめっ子との腐れ縁のような話。彼女の店に、知り合いの男性の快気祝いを注文したその女性が、いっこうに代金を払ってくれない。彼女には、お草さんは小学校の頃から嫌がらせを受けた記憶しかなく、しかも、「小蔵屋」の改装のときにも彼女に振り回されてた記憶しかない。今回も、また一連の嫌がらせなのか、と疑うが・・、という展開。

彼女の意地悪には、「お草さん」への屈折した羨望と嫉妬に隠されているのだが、最後まで、強がったままの「いじめっ子」に少しは同情してもよいかもしれない。

第三話の「0と1の間」は、小蔵屋に定期的にきてくれる、パソコンの個人レッスンをしてくれる大学生に関するもの。その大学生は国立大学の理系専攻の「白石」くんというのだが、とても真面目で、むしろ人付き合いの悪いタイプである。

そんな彼が、女子高生との援助交際にはまってしまい、バイト代も生活費も貢いで、食うものににも困る状態になっている。同級生たちがいくら忠告しても、白石くんはお金を貢ぐのをやめようとしない。そこまで彼女になぜのめり込むのだろうか・・、という展開。

この娘は「藤原ミツキ」というらしく、小蔵屋にやって来て、店の売り物のワインカップを「彼(白石)が払いますって、絶対」という”絶対”の自信の根拠が、謎解きのカギなのだが、なんとも複雑な二人の関係が、膨らみきった風船がじはじけるように、突如破綻するあたりに、彼の心の中に貯まりきっていた鬱憤を表していますな。

第四話の「悪い男」ではまず、紅雲町の隣の地区でおきたひとり暮らしの老女が自宅で現金を奪われる事件がおきる。そんな折、小蔵屋の馴染みの運送屋の寺田の同級生・大竹が店にいる彼を訪ねて突然やってくる。大竹は高校卒業時、同級生から金を借りまくって姿をくらましたという前科がある。そんな彼が、寺田にその時に借りた金だといって金をおいていく。
その二日後、大竹が、先述の老女の事件の犯人として捕まるのだが、その老女は、大竹の実の母親である。はたして真犯人は・・、という展開。

さらには、犯行の時刻頃、大竹がアフガン犬をつれた美女と会って話をしていた、というアリバイがみつかるが、なぜか大竹はそれを否定する、といった筋立てである。

彼が昔、金を借りて踏み倒した理由も明らかになるのだが、男気のある「昔の不良」の逸話といった感じですね。

最終話の表題作の「萩を濡らす雨」は、お草さんの密かな想い人で元有名政治家・大谷のかつての愛人の息子に関する話。その愛人の葬式に、大谷の頼みででかけた「お草」さんは、その息子を大谷のもとに連れて帰ってくれという依頼をうけている。その息子の実の父親は「大谷」というわけ。

ただ、その息子というのがまだ高校生ながら、アブナイ人間とつきあっていて、ちょうどその時も警察に目をつけられるほどの争いになっている。お草さんは受けた依頼どころか、その騒動に完全に巻き込まれ、荷物をひったくられたり、暴行されとり、という目にあう。さてどううやって、この危機から脱するのか・・、という展開である。

【レビュアーから一言】

「おばあちゃん探偵」と聞くと、有名なアガサ・クリスティの「ミス・マープル」のように、家族に囲まれて暮らす老婦人が、町中でおきる事件を明晰な頭脳な解決していく、事件は陰惨でも、なんとなくほんわかとした雰囲気を漂わすものを連想するかもしれないのだが、本書は、老いの辛さ・侘しさや、長い人生で否応なしに経験する失意や悪意といったものを隠さない、小蔵屋の商売柄を反映して「ほろ苦い」ミステリーとなっている。

もっとも、ミス・マープルのようなシチュエーションが成立した時代は、はるか遠くなっていて、この極東の地は、景気の回復も実感が薄いままのこの頃であるので、世相を反映したものと言えなくもないですね。

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