「プライシング(値付け)」の秘訣を “行動経済学目線” で解き明かす ー 永井孝尚「なんで、その価格で売れちゃうの?」(PHP新書)

ビジネスの現場で常に話題にのぼるのが、「値下げしたのに、なぜ売れないの」とか「ライバル社の商品はうちより高いのになぜ売れるの」といった「価格」と「売り上げ」に関することであろう。

そんなビジネスマンの悩みに対して、「100円のコーラ」シリーズで、宮前久美という魅力的なキャラを登場させて、マーケティング理論について、わかりやすく説明してくれた筆者・永井孝尚氏が今回、「価格戦略」「プライシング(値付け)」をとりあげたのが本書『なんで、その価格でうれちゃうの? 行動経済学でわかる「値付けの科学」(PHP新書)』である

【構成と注目ポイント】

構成は

はじめに ー いくら頑張っても儲からないのは、価格戦略を知らないからだ
 第1章 水道水と同じ味なのに、100円のミネラルウォーターを買う理由
第1部 値下げしても儲かるカラクリ ー よいものを安く売る仕組みをどう作るか
 第2章 なぜミシュラン一つ星の香港点心が激安580円なのか
 第3章 参加費0円。婚活パーティーのナゾ
 第4章 服は「売る」よりも、月5,800円で「貸す」が儲かる
 第5章 1000円の値引きより、1000円の下取り
 第6章 商品数を1/4にしたら、6倍売れたワケ
第2部 値上げしても爆売れするカラクリ ー お客さんを見極め、高く売る
 第7章 大人気・順番待ちの1本25万円生ハムセラー
 第8章 価格を2倍にしたら、バカ売れしたアクセサリー
 第9章 1ドル値下げのライバルに、1ドル値上げで勝ったスミノフ
おわりに ー 価格を知ることは、人の心理を知ることである

となっていて、「はじめに」のところで

ビジネスで儲かるかどうかは、価格戦略次第だ。
どんなに苦労して一生懸命に働いても、価格戦略を間違えると、儲からない。
価格戦略がわかれば、楽しみながら儲かるようになる。

と意欲的な書きぶりがされていることを反映してか、本書では、「アンカリング」「コストリーダーシップ戦略」、「サブスクリプションモデルとリカーリングモデル」や「バリュープロポジション」など、価格戦略に関するマーケティング理論が幅広く取り上げられている。

さらには、以前の「100円のコーラ」シリーズでは、宮前久美を主人公にした「物語」仕立てとなっていて、こういうアメリカ風のビジネス書のスタイルには好みが分かれたのだが、今回は、紹介される事例が具体的なところはそのままに、マーケティングのわかりやすい「経済書」のような仕立てになっているので、生真面目な方々も安心して読めると思う。

で、解説される「価格競争理論」の詳細は本書で確認願うとして、例えば、「アンカーリング」理論については、「なぜ、味も安全性も、今の東京の水道水はミネラルウォーターと遜色ないのに、なぜミネラルウォーターの方をお金を出して買うのか?」といった事例を用いたり、競争で有利に立つための「コストリーダーシップ」理論について、「同じ安売りをしても、ニトリと大塚家具はどこが違ったか?」といった観点から解き明かしたり、といった具合で、当方も含め多くの人に馴染みのある事例が使って解説してあるので、「あ、そうか」とストンと腑に落ちるとともに、様々な業界の、リーディングケースの知識を併せて手に入る、という仕立ては、二重に「おトク」といっていい。

いや「二重」どころか、行動経済学とマーケティングを噛み合わせて、

人は買い物の時は、たとえ1円でも「お金に見合った価値なのか?」と考えてしまう。これを行動経済学で「出費の痛み」 という。しかし無料になった途端、この「出費の痛み」は消える。その結果、人は悩まずに商品を手にし、使い始めるようになる

と「無料ビジネス」のカラクリや

人間にとって「選択」は、ストレスのかかる行為なのだ。何かを選ぶ時は、他の選択肢を捨てなければならない。だから人間は無意識のうちに、「できれば現状を維持したい」と考えてしまう。これを行動経済学で「現状維持バイアス」という。
(略)
お客さんがサブスクリプションモデルを使い始めると、この現状意地バイアスが働いてなかなか解約しなくなる。
(略)
また、人は本能的に何かを使うたびのお金を取られるのをとても嫌がる。
定額で使い放題であれば、「お金を払う」というプロセスが消える。
逆にいくら使っても支払い額は増えないので、「使わないと損だ」と考えるようになる。

と「定額ビジネス」が隆盛を極めている理由を明らかにしたり、

選択肢が3つあると多くの人は真ん中を選ぶ。行動経済学ではこの現象を「極端の回避性」 と呼ぶ。悩み抜いた私が竹を選ぶように、人は違いが判断できないと真ん中を選ぶ習性がある。これは価格戦略でも重要だ。
(略)
同じものでも見せ方を変えることで人の判断や選択が変わる現象を、行動経済学で「フレーミング効果」 と呼ぶ。

と売り上げを伸ばす上で、「価格を一工夫する際には、この「フレーミング効果」を活用することだ。「極端の回避性」もこのフレーミング効果の一つ。「松竹梅」は意外と強力な価格戦略なのである。」として、昔ながらの「松竹梅」メニューが意外と科学的な根拠をもっていることを教えてくれたり、行動経済学の知識を手に入ることを考えると「三重におトク」なのかもしれませんね。

【レビュアーから一言】

マーケティングやプライシングの本と聞くと、なにやら得体の知れない「カタカナ」言葉が氾濫して、それだけでも敬遠したくなるものだが、筆者の言葉によれば、

読み始めれば、楽しみながら一気に最後まで読み通せるように書いた、面白さと、最新のマーケティング戦略理論や行動経済学の本格的な知識を両立できるよう努めている。

ということを念頭に書かれた本書は、非常に読む安く仕上がっているのは間違いない。分厚い「経営学」「マーケティング」の本を読む前に、この本で「地ならし」するとともに、「海図」を手に入れておくと、「プライシング(値付け)の秘訣」に到る航海がラクになる気がいたします。

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