江戸から「消えたい」望みを叶えます ー 今村翔吾「くらまし屋家業」(時代小説文庫)

江戸時代の「江戸」は、世界でも有数の大都市で、経済の中心でもあったのだが、富と人が集まって「光」が強いところには、その分、深い「闇」が生まれるのは世の常で、「姿を消してしまいたい」「姿を消さなければならない」事情を抱えた人も、それだけ多くなるというもの。

そんな江戸で、不忍の池の畔にある地蔵の裏に、名と所を書いて置いておけば、
今の暮らしからくらまし候。
約定が破られし時は、人の溢れるこの浮世から、必ずやくらまし候

と、どこからともなく現れて、大金と引き換えに、どんな人間でも、神隠しのように姿を消してくれる「くらまし屋」シリーズの第一巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章
第一章 足抜け
第二章 隠れ家
第三章 江戸の裏
第四章 道中同心
第五章 別れ宿
終章

となっていて、最初のネタバレ的にメインキャストを紹介しておくと、「くらまし屋」稼業を営むのは、表向き「飴細工屋」を営む「堤平九郎」という浪人あがり、日本橋堀江町の居酒屋「波積屋」の従業員の「七瀬」、「波積屋」の常連で色男で博打好きの「赤也」という三人である。このうち、くらまし屋のリーダー格が「堤平九郎」なのだが、彼がくらまし屋稼業に踏み込んだのは、家族が行方不明になったことが原因らしい、という設定である。

こうした、「事情を抱える人間の姿をくらます」といった設定のときは、その対象が、アコギな高利貸に泣かされている親孝行の娘であるとか、騙されて離れ離れになっている母子であるとか、「くらます」人間が、それなりに同情を誘う設定のことが多いのだが、なんと、シリーズ始まりの第一巻で「くらます」のは、浅草界隈を牛耳っている香具師の親分の手下の二人。
しかも、幹部級の人間で、その親分は高利貸もやっているので、借金のかたに娘を遊女に落としたり、裏切ったものを殺したり、といった経歴のいわば「脛に傷持つ輩」である。もちろん、あくどい稼業に嫌気がさして、惚れた女と逃げてどこかで一緒になりたい、とか国に遺した娘が流行病にかかったのでひと目会って薬を届けたたち、とかそれぞれの事情はあるのだが、まあ善人ではないものを「逃がす」話であるのは間違いない。

そういうところが、このシリーズの「正義もの」ではないですよ、といった「大きな枠」を示していて、ピカレスク・ロマーン(悪漢小説)であるような香りを漂わせているのだが、くらまし屋を営む三人が「悪辣」でも「貪欲」でもなくて、自分たちの特技のスゴさを発揮したいだけ、といった雰囲気なので、読んでいても、悪漢小説につきものの「イヤ」な感じはまったくない。

筋立ての方は、くらまし屋に依頼してきた二人を、彼らが潜んでいる「宿屋」から脱出させ、さらには江戸府内からも脱出させるというものなのだが、まず、宿屋が、彼らの親分の「丑蔵」が雇った者たちによって二重三重に取り囲まれているのをどうくぐりぬけるか、さらには江戸から外で出るときも、宿場役人にたっぷり賄賂が掴まされていて、彼らが手ぐすねを引いて待っている。さて、どうやって・・・、という設定である。

ネタバレを少しすると、宿屋の場合は「八十挺の駕籠」、江戸からの脱出は「大名駕籠」が使われていて、いずれも「ほほぅ」と唸らせるアイデアなのだが、詳しいところは原書で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

もちろん、こういう類の話は、依頼者を脱出させてメデタシメデタシというわけではなくて、脱出した後で、それを台無しにしてしまうようなことが起きるものなのだが、この巻の場合も、悪党たちが脱出してお終い、ということになっているので、その辺は、勧善懲悪好きの方々も安心してくださいな。

市井の片隅で健気に頑張る娘さんとか、達人の域の剣技をつかって江戸の闇に潜む悪党をやっつけるといった時代物も良いのだが、たまにはこういう、「暗い」ほうに属する主人公の時代物も捨てがたい。時代小説の正統派にちょっと飽きたら、このシリーズで舌をリフレッシュしてみてはいかがでありましょうか。

【関連記事】

健気な娘「お春」の”くらまし”は成功するのか? ー 今村翔吾「春はまだか ー くらまし屋家業」(時代小説文庫

幕府と誘拐集団をかいくぐり、山中から「植物学者」を脱出させよ ー 今村翔吾「夏の戻り船 くらまし屋稼業3」(時代小説文庫)

くらまし屋の掟を破る依頼者に平九郎の対応は? ー 今村翔悟「秋暮れの五人 くらまし屋稼業4」(時代小説文庫)

コメント

タイトルとURLをコピーしました