健気な娘「お春」の”くらまし”は成功するのか? ー 今村翔吾「春はまだか ー くらまし屋家業」(時代小説文庫)

前巻で、香具師の親分のもとから姿を「くらまし」たい二人を、何十人もの手下が取り囲む宿屋や、街道筋で目を光らせている道中同心たちの目をかいくぐって「くらます」ことに成功した、堤平九郎、七瀬、赤也の「くらまし屋」三人組の活躍を描くシリーズ第二作である。

このくらまし屋が仕事を受けるには「くらまし屋七条箇条」の
一 依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと。
二 こちらが示す金を全て先に納めしこと。
三 勾引かしの類ではなく、当人が消ゆることを願っていること。
四 決して他言せぬこと
五 依頼の後、そちらから会おうとせぬこと
六 我に害をなさぬこと
七 捨てた一生を取り戻そうとせぬこと
を守ることが条件なのだが、早々と、これが守られない依頼をうけることになる二巻目である。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章
第一章 幼い逃亡者
第二章 血文字
第三章 掟破り
第四章 土竜
第五章 春が来た
終章

となっていて、七箇条が守られない、最も大きな原因は、今回の「くらまし」の相手方が、田舎から出てきたまだ幼い出稼ぎの娘で、しかも、雇い主によって換金されている状態で依頼をしたためである。

通常なら七箇条が守れない依頼を、相手にどんな事情があろうと自分たちの身を守るために受けないのだが、今回の依頼者・お春の姿に、平九郎が自らの家族の姿をダブらせてしまったためであるらしいのだが、彼の家族の「状況」の詳細はまだ本巻では霧の中である。

さて、今回、「くらます」対象のお春は、武州多摩の小作人の出身で、病弱な母親の薬代と小さな弟のために、江戸の「菖蒲屋」という呉服屋に奉公にでている、まだ十一歳の娘である。
まあ、このへんは普通の出稼ぎの少女の境遇なのだが、菖蒲屋の主人・留吉がお春に手を出そうとして番頭にみつかって失敗する。彼はその失態をごまかすために、お春が金を盗もうとしたと言いふらし、それ以来、店ぐるみで苛めにあうようになる。当然、それだけでもつらい日々なのだが、菖蒲屋の商売仇となる「畷屋」という呉服屋が髪型から進出してきて、菖蒲屋の評判絵を落とすために、お春に接触して来、それを嗅ぎつけた留吉が、お春を土蔵の監禁して、といったところで、お春の境遇を哀れに思った知り合いが、「くらまし屋」に「くらまし」を頼んでくる、という展開である。

「くらまし」の技の見せ所は、お春を監禁されている「土蔵」からどうやって脱出させるか、というところで、その土蔵に鍵は仕掛けのある特別な錠前の上に、土蔵のまわりは腕のたつ浪人者がかためている、という設定である。
ここの脱出劇は、ホームズものの「赤毛連盟」あたりがネタバレの素になるのだが、今回は、菖蒲屋の商売敵の「畷屋」もお春を手に入れるために、依頼を受けて人をあぶり出す「炙り屋」に依頼するであるとか、菖蒲屋がお春を始末するために、謎の「人買い」に彼女を売ろうとするといった周辺事情も出てきて、土蔵からの脱出劇や、土蔵を抜け出してからの「多摩」までの逃走も複雑な様相を見せてくるので、この辺は原書でたっぷり楽しんでくださいな。

【レビュアーから一言】

この巻も、第一巻と同じで、「くらまし」が成功して大団円、とならずに最後に思ってもみなかった結末が用意されていて、「お春」の気持ちを思うとなんとも悲しくなってしまうのだが、シリーズへの新しいキャストの参加と思えば、少しは明るい気分にもなってくる。

平九郎の家族の謎はまだ霧に包まれているのだが、今回の巻で登場する「人買い」の一派であるとか、次巻以降の重要なキーになりそうなことが、あちらこちらに散りばめられてくるので、お見逃しなく。もちろん、怒涛のような展開と、お春ちゃんの健気さで、この巻一冊単独でも十分楽しめる出来上がりとなっております。

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