徳川の天下統一は「文」と「武」だけでは語れない ー 門井慶喜「家康、江戸を建てる」

徳川家康が豊臣秀吉によって、三河・駿府から関東へ領土替えをされたころから、幕府開府のあたりを扱った歴史小説のほとんどは、関ヶ原、大阪冬・夏の陣といった「戦記」ものがほとんどで、徳川三百年から平成の時代まで続く「江戸(東京)」の繁栄の基礎がどう築かれたか、とりわけ生活・経済インフラの整備について語ったものはほとんどないのではなかろうか。

本書『門井慶喜「家康、江戸を建てる」』は、江戸の幕府の黎明期に、治水、貨幣、水道、江戸城の造営など、江戸のインフラを築いた立役者についての物語である。ただ、収録されている五話のそれぞれのメインキャストは伊奈忠次・忠治・忠克、後藤庄三郎、春日与右衛門、吾平・喜三太、徳川秀忠となっているのだが、名前を聞いて、「あぁ」と言えるのは最後の「徳川秀忠」ぐらいで、江戸の「基礎」を築いた立役者たちはほとんどが忘却の海の中に潜り込んでいるといいってよい。

 

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 流れを変える
第二話 金貨を延べる
第三話 飲み水を引く
第四話 石垣を積む
第五話 天守を起こす

の五話。

まず第一話の「流れを変える」は、当時、東京湾に注いでいた「利根川」の流れを変えた、伊奈家三代の話。
家康が領地替えをされた当時の関東は「湿地」の広がる原野であったということは、その領地替えが言い渡された際に、断って謀反を、と進言した家臣がいたことはよく知られている。そんな関東の地を穀倉にかえた70年余にわたる大工事を伊奈家の三代四人が仕上げた物語なのであるが、武将として功をあげる機会を失いながらも、営々と「志」をつないだ一族の物語は、大河ドラマを見るようであるな。

第二話の「金貨を延べる」は江戸幕府が「小判」を鋳造する話なのだが、この「小判」を作る目的が、戦国時代にそれぞれの領主が鋳造した領国貨幣の製作ではなく、豊臣家の発行する「天正大判」を、徳川家が鋳造する「小判」で一掃し、豊臣家の家臣を経済面から徳川方に離反させる「貨幣戦争」である、と喝破したところは「ほぅ」と驚かせる。
そして、この「貨幣戦争」を徳川方で取り仕切ったのが、京都の彫金師で、大判の鋳造を司どる「後藤家」の下っ端の職人であった「橋本庄三郎」で、この「庄三郎」と後藤家の次男・長乗との「争い」は、豊臣家を代表する「京都の古いもの」と、徳川家を代表する「江戸の新しいもの」との闘いでもある。

第三話の「飲み水を引く」は、江戸へ「上水道」を引く話。よく時代劇で、「神田の水で産湯を使い・・」と、江戸っ子であることを自慢する啖呵の源である。
この水道をひくために、幕臣の大久保藤五郎、百姓の内田六次郎、阿部正之の家臣・春日与右衛門と主役が変わりながら、三鷹、井の頭といったところから「清水」を延々と江戸市中へと「水路」で導いていく物語で、江戸の城郭内へと水を運ぶための掛樋をかけた水道橋や「枡」を使った導水などの当時の先端技術を駆使しながら上水道を整備していく、「テクノロジー」の物語である。

第四話の「石垣を積む」は、江戸城の「石垣」を作る話。伊豆の堀河で、「石切」の吾平が、その石の節理を読む特異能力を活かして、巨大な石を切り出す話から始まり、伊達藩の配下で江戸城大手門の石積みの親方を務める喜三太の采配によって、この巨石が大手門の「鏡石」として設置されるまでの話である。
「石切」にしろ「石積み」にしろ、今では「伝統技術」という名の古式ゆかしい技術となってしまったものであるが、江戸初期、まだそれらが先端技術であった時に、きらきら「ワザ」の競べ合いは、武将たちの「戦」とかわらない綺羅びやかさを見せている。

最終話の「天守を起こす」は、江戸城の天守閣を造営する話なのだが、メインキャストが徳川秀忠であるのは、すでに平和になった時代に「天守閣」をつくる理由と、その天守閣を「白壁にせよ」という家康の真意という「宿題」を解くことが、二代将軍でありながら、「凡庸」だとして軽んじられがちな彼が、それを打破して、正真正銘の後継将軍となるに必須であるからであろう。
で、その「宿題」の答えは、創業者である「家康」の時代から後継者である「秀忠」の時代へと移り、「江戸」が求めるものが変わっているところにあるのだが、詳細は原書で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

「戦国もの」といえば、武者たちの戦闘や、城や領地を陥れるための謀略などの、血なまぐさい「戦」が主流で、もちろん、そういった物語も、心のあちこちを鼓舞させるものんだおだが、そういった「戦」だけで、国が治まるものではない。
徳川家が天下を取り、それを維持したのは、武骨で勇敢な三河者に代表される「武」の戦に長けたことや、民衆や諸大名を統一する「文」の支配に優れていたこともももちろんだが、この話のような数々の先端的なテクノロジーを使った「治世」の技術が優れていたことによる部分も大きい。
徳川家の天下統一の「武辺」の物語とあわせて、別の側面からの統一の物語を楽しんでみてはいかがでありましょうか。

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