明治初期の新奇な風情満載の物語 ー 橘沙羅「新聞売りコタツ 横浜特ダネ帖」(時代小説文庫)

横浜が今のような隆盛を極めるきっかけになったのは、幕末の安政五年(1858年)にアメリカと締結された「日米修好通商条約」で開港地とされたことに始まるのだが、それから25年後の明治十六年(1883年)、その横浜を舞台に新聞売りの藤野達吉、自称「コタツ」をメインキャストに展開されるのが本書である。

新聞売りと言っても、特定の会社の新聞を売り歩くわけではなく、「知識階級を対象にして、政治経済を中心として扱う硬派な”大新聞”」と「噂話や読み物をふんだんに載せた、女子供まで楽しめる”小新聞”」を各種取りそろえて売って歩く商売で、新聞が雨後のタケノコのようにでできた、この当時を象徴する仕事でもある。そして、「コタツ」というのは当時人気を博した新聞売りの安藤政五郎、通称「新聞小政」をもじって自分の名前「達吉」の最初の「タツ」を「政」と入れ替えたものであるらしい。

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【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 アマテラスの嘆く春
第二章 洋火の果つる夏
第三章 天馬の翔る秋
第四章 千層に積もる冬

となっていて、各章ごとに、「コタツ」が惚れてしまうタイプの違う美女が関わる事件を解決していく構成なのだが、本筋は、コタツの妹・お絹が、暴れ馬にはねられて足が不自由になった原因をさぐるというもの。で、キャスト的には、主人公の「辰吉」こと「コタツ」、妹の「お絹」、植木職人をしていた「コタツ」の父親が出入りさせてもらっていたお屋敷の若旦那で、今は新聞の連載小説家をしている小見山といったところがメインである。

まず第一章は、伊勢山のふもとに現れる「按摩」の怪で、伊勢山の崖下までやってきた按摩の笛の音が一瞬にして崖上に移るというもの。さては数年前に殺された「按摩」の亡霊か、という噂の真相を暴くもの。
この章で「コタツ」が惚れ込む美女は「鞠」といって野毛山の材木商のところで女中そしている女性。彼女は弟を西南戦争で亡くしたという過去があり、今でもそれが心のシコリとなって残っている風情である。
そして、「按摩の怪」のほうは、鞠に想いを寄せているらしい、近くの団子屋の耕作と、暴露記事を得意とする新聞記者の富田の乱入により、急展開していく、といった筋立てである。この富田から、妹の事故は、実は明治十年に起きた「瓦斯局事件」というスキャンダルの巻き添えだよ、と教えられ、その真相究明にコタツが乗り出すという仕掛けになっている。

第二章の美女は

優しく垂れた黒目がちの瞳は艷やかに潤み、涙でもこぼれ落ちたかのような泣きぼくろが一つ。ともすれば、婀娜っぽくなるぽってりした唇も、蕾のように小さく可憐だ。丸みを帯びた方も、昼夜帯をしめただけのしなやかな柳腰も、今にもしなだれかかってきそうに見える

といった風情の、ジェームズというアメリカ人に雇われている「お咲」という女性。で、
この娘の雇い主のジェームズが殺され、お咲が犯人として疑われるのだが、コタツが彼女を救うために真犯人探しに乗り出す話。明治六年に解禁されたキリスト教(耶蘇教)の聖書と、アメリカの独立記念日を祝って、横浜の平山で打ち上げられる「昼花火」といった、文明開化の中心地であった「横浜」を主張するものが謎解きのヒントになってますね。

第三章は、貿易商から埋め立て事業に転じ、今は横浜の名士となっている粕谷の持ち馬・ムサシ号と・文乃に関する事件。話の主筋は、このムサシ号が競馬大会のさなかに逃亡し、暴れ馬となって、市中を走り回るという騒ぎを引き起こす。怒り狂った粕谷は、ムサシ号を処分しようとするが、「文乃」を大反対。文乃のムサシ号への想いを叶えて、彼女に気に入られようと、「コタツ」が人肌脱ぐが・・・、といった展開。
このムサシ号が暴れ馬になった状況が、コタツの妹・絹が暴れ馬にはねられた状況とよく似ていて、2つの事件の共通の犯人がこの章で明らかになるのだが、真相はもっと大きな疑惑に結びついているようで、といった感じで第四章に続いていく。

ちなみに文乃さんは「ほっそりとした卵型の輪郭に楚々とした目鼻が収まっており、裾に紅葉を散らした上品な衣がよく似合っている」という風情である、

最終章の第四章の主となる事件は、前話の粕谷や英国軍人がからむ疑獄事件の証拠になりそうなものを、ひょんな経緯から辰吉が手に入れてしまったことが原因なのか、お絹の行方がわからなくなってしまう、というもの。お絹は粕谷たちに誘拐されたと思い込み、スキャンダル記事専門の記者・富田や、旧主の若旦那・小見山にまで協力を仰いで、疑獄事件の真相にたどり着いたのはいいのだが、お絹が暴れ馬にはねられた事件の真相にまでたどり着いてしまう。その真相は、辰吉が今まで信じていた人の裏の姿にかかわるもので・・・、というもの。
最後のところで、文乃の嫁入りが決まり、お絹が小見山へ抱いている本音とか、いろんなことが明らかになるのだが、そこは原書で確認してください。

【レビュアーから一言】

明治初期の物語というのは、今までの幕政時代の江戸の景色ががらっと変わって、懐かしいものが壊れた感じを漂わせるととともに、新奇なものがあふれかえる生きの良さを同時に味わえるものが多い。しかも、本作は、東京を舞台ではなく、むしろ東京より新しい時代の先端をいっていたといっていい「横浜」を舞台にしているので、その「明治」っぽさも半端でなく味わえる。

幕末や戦国モノもいいのだが、それらの時代とはちょっと異なる「危うさ」を持った明治初期の雰囲気を楽しめる一冊でありますね。

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