お縫の父母の若い頃の「恋物語」は波乱万丈であった – 西條奈加「大川契り 善人長屋」(新潮文庫)

一人をのぞいて住んでいる住民が、すべて巾着切りやら詐欺やらの手練れであるにもかかわらず、裏家業を隠すために表向きは「善い人」ばかりの「善人長屋」シリーズの第2弾。

もめ事を呼び込んでくるのは、長屋で唯一の善人「加助」で、彼が「善行」によって、長屋の「悪人」たちが巻き込まれて事件を解決していくのも前巻と同じなのだが、主人公の「お妙」の兄、姉であるとか、母親の美貌が呼び込んだ若い頃の事件などが語られるのが、今巻である。

【収録と注目ポイント】

収録は

泥つき大根
弥生鳶
兎にも角にも
子供質
雁金貸し
詫梅
鴛鴦の櫛
大川契り

の8話。

第一話の「泥つき大根」では、お縫の兄の「倫之助」が登場。彼は千鳥屋の一人息子ながら、日本橋の茶問屋・玉木屋に婿入しているのだが、そこの大おかみが、千鳥屋と同じ深川の長屋に住む「石蔵」という信州出身の一緒になりたいと言いだした。その男と大おかみの年の差は25もあり、玉木屋の身代狙いを疑った倫之助が石蔵のことを調べてくれと持ちかける話。
この石蔵の近辺を洗っていくと、当然のように「盗人」に行き当たり、この盗人が玉木屋を狙っているのがわかるのだが、手引きをするはずの石蔵は、恩人に迷惑がかかると言って、江戸を離れようとするのだが・・、といった展開。

第二話の「弥生鳶」は昔、有名だった「巾着切り」がまた仕事を始めたとの噂がたつ。「弥生鳶」は、懐から財布を抜いてまた戻す、しかも、財布の中に鳶と桜を描いた小さな紙切れを入れておく仕業をするという「凄腕」である。
この復活した「弥生鳶」の正体が、千鳥屋の仲間で、巾着切りの凄腕で、今は小間物の行商人をしている「安太郎」ではないかと町方が調べ始める。かれの疑いを晴らそうと、千鳥屋の面々が乗り出すのだが、その過程で、「お勝」という巾着を盗もうとしえいる若い娘に出会う。どうやら、彼女は「弥生鳶」の関係者っぽいのだが・・・、という展開。

第三話の「兎にも角にも」は、いつも面倒を抱えてくる「加助」が「梅三」という男を自分の長屋で怪我の養生をしてもらうことになたと連れてくる。梅三は、内藤新宿で小さな商売をしているが、墓参りに江戸へ来たところ深川の雑穀問屋・佐野屋の前で大八車の荷の下敷きになって怪我をしたとのこと。ところが、彼は実は「当り屋」で、千鳥屋に持ち込まれた盗品を盗んで行方をくらましてしまうのだが、佐野屋ゆかりの意外なものから足がついて・・・、という展開。人の真贋を見極めるのが得意な「お縫」が、親知らずの歯痛でその能力が発揮できなかった話でもありますね。

第四話の「子供質」は、二十歳前後の女と、五つくらいの男の子が千鳥屋へ質入れしたいと訪ねてくる。その女は、男の子は大店の息子なのだが、彼の命を助けるために、小田原の祖父のもとに彼を連れて行くのだ、という。どうやら、父親からひどい折檻を受けているらしく、腕の火傷をはじめ、体のあちこちに怪我の跡が残っている。お縫は、彼女に金を貸す代わり、返却にくるまで、その男の子を店で預かることにするのだが、その男の子は、猫を尻尾を引っ張ったり、屋根から飛び降りたり生傷が絶えないいたずら者である。そうした中、この男の子の実家がわかり、父親を詰問すると、男の子の生傷が絶えない別の理由が浮かび上がってきて・・・、という展開。
最後のところは、どんな子でも、我が子は可愛いもの、という最近の子供達のいたましい事件の薬とならないか考えさせる話。

第五話の「雁金貸し」では、お縫の実の姉・お佳代が登場。姉のお佳代は、左官職人のところに嫁いでいる。その旦那が怪我をしたために、その薬代やらなにやらを晩秋から春先まで1年貸しの金貸しから三両の金を借りたのだが、その金を返そうと金貸しを尋ねると、どういうわけか借りた金を記した証文の文字が「三両」から「五両」に変わってしまったということなのだが・・、という謎をとく話。証文の文字が変わった謎解きとあわせて、お佳代が実家を早くに飛び出し、しかも困っても実家に寄らないわけが、どうも母親にあるらしい、ということを匂わせて次の話の前振りとなってます。

第六話は、お縫の幼馴染の唐吉・文吉兄弟に関する話。最近、深夜に夜歩きにでる兄が何をしているか密かに跡をつけた文吉であったが、大身の武家の下屋敷の前で、背の低い侍と抱きつかれている「兄」の姿を見つける。「唐吉は衆道の気があったのか」と愕然とする文吉だったのだが、実はその侍は若い姫君の変装。そして、その姫君が唐吉にぞっこんで、一緒になれなければ、すべてを親や一族にバラすと脅してくるのだが・・・、といった展開。
「身分違いの恋」っていうところまでいかない、姫君の冒険といったところでありますね。

第七話の「鴛鴦の櫛」、第八話の「大川契り」は、第五話で出てきた、お縫の姉・お佳代が実家・千鳥屋を毛嫌いしている理由ともいえる、お縫の母親・お俊と父親・儀右衛門が一緒になった原因が明らかになる話。

まずは、お縫とお俊が監禁されているシーンからスタート。その原因となったのは、長屋のたった一人の善人・加助が怪我を負って倒れていた「駒吉」という男を連れてきたのが原因で、駒吉は連れてきて数日後に傷がもとで死んでしまうのだが、彼を探して「兄」と名乗る男がやってくる。実はその「兄」は有名な盗賊で、昔、弟が隠した盗んだ大金を埋めた場所を探していた、という筋立て。その隠し場所をつきとめるため、お縫とお俊の母娘が、彼らの「人質」になるのだが、囚われている時、母・お俊は、儀右衛門と縁付いたのは、何人もの男に「手籠め」にされたのがもとだ、とうちあけるのだが・・・、という筋立て。
貧しい生活をしていた、お俊は、その美貌を生かして、水茶屋・松葉屋の看板娘となる。売れっ子の彼女には、たくさんの客からの貢物があり、彼女の鼻も高くなるばかりである。そんな中、田舎の藩からでてきた武家が、彼女に鴛鴦の彫りがはいった安物の櫛を「大事なもの」だといって渡してくる。気に入らない貢物はすぐに売っぱらっていた彼女は、その櫛も二束三文で売り払うが・・・、という展開である。

お縫いの美貌の母親と、みてくれのよくない父親がなぜ夫婦になったのか、そして、故買屋の実家を父親が跡を継いだ理由とか、この善人長屋シリーズが始まる前のビフォー・ストーリーが明らかになるのだが、詳細は原書で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

いくつかの事件の合間合間に、文吉の「お妙」への恋情が漏れ出てくるのが見えるのが本巻。
ちなみに「大川」っていうのは、日本国中によくある「大河」につけられる名前なのだが、本書の「大川」は隅田川の吾妻橋から下流部にかけてのこと。物語の最後のほう、大川べりで、無事に助けられたことを安堵して、お縫を文吉が抱きしめるシーンがあるのだが、次作はこのあたりがテーマになるんですかね

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