店の主人の急死をバネに「幸」はさらにステップアップ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 奔流篇」(時代小説文庫)

大坂の天満の呉服屋「五鈴屋」を舞台に、浪人の娘から、女衆を経て「ご寮はん」となった「幸」のサクセス・ストーリーの第三弾である。
前巻では、四代目の後添えに入ったが、酒好き・女好きの四代目が廓からの帰り道に転落死。跡を継ぐこととなった、次男の惣次は「幸」と結婚することを、「五鈴屋」を継ぐ条件にする、ってなところで終わったのだが、今巻は、そのお家継承のごちゃごちゃからスタートするのが本巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 十三夜
第二章 帰り花
第三章 改革
第四章 それぞれの年の瀬
第五章 知恵の糸口
第六章 再会
第七章 鴛鴦
第八章 名を広める
第九章 商いと情と
第十章 吉兆
第十一章 郷里へ
第十二章 布石
第十三章 大坂商人
第十四章 千変万化

となっていて、長男が若死にした場合、その奥さんが兄弟の嫁になるのは、遊牧民ではよく聞く話なのだが、惣次が「幸」と結婚するのを条件にしたのは、「もとより目鼻立ちの整った美貌に加えて、艶やかな化粧を施された花嫁は凛々しさと華やかさを併せ持ち、人々の目を釘付けにした」といった彼女の美しさがあってのことでしょうね。
ちなみに「乙嫁がたり」のタミルは兄弟4から5人に順番に嫁いでいたような気がしますね。

で、話の方は第1章から第二章が、幸と惣次が一緒になって、五鈴屋を継ぐところ。四代目のときと違って、呉服屋仲間にがちゃがちゃ言われることもなく、町内にも祝儀金を払って祝ってもらって、さらには、江戸に店を出したいという新亭主・惣次の意気込みを聞いたり、とめでたく推移する。

第三章から第八章では、商売熱心な「惣次」の新工夫、例えば、客から代金を支払ってもらう時期を年1回から年5回にしたり、番頭以下の従業員に、呉服を売り上げるノルマ制を導入したり、といったことがうまく回転をはじめて、四代目が食いつぶしていた店の売上がようやく上向きになってくる。「幸」は五鈴屋の名を世間に広めるために、惣次の改革が急激で情が薄いことにとまどう「冨久」の知恵を借りて、「番傘」のPRを始めるなど、ここのところは幸福な展開ですな。

第六章で、五鈴屋を出た「菊栄」に幸が再会し、商売がうまくいかなくなっている実家の「紅屋」を新商品で立て直している途中であることを聞くのだが、その手法が次巻以降につながっていくのでここは記憶に残しておきましょう。

第九章からは、縮緬の新しい仕入れの拠点として、絹糸の産地である近江に目をつけて、まずは絹織りの産地育成を始める。このアイデアを出したのが、「幸」で、彼女の商才の凄さの証としているのだが、残念ながら、彼女の旦那が商才があって、事業拡大の意欲も強い「惣次」であったことが悪い方向に転がり始める。出来のいいい奥さんを持つと、旦那によっては浮気をしたり、奥さんに勝とうとして無理な事業に手を出したり、とあまりいい方向にならない場合もあるのだが、この話の場合は、旦那の心の中に「黒い闇」を作り出してしまいましたな。

この「黒い闇」ともともとの惣次の「冷徹」さが混じり合って、悪い方向に進んでしまうのが、本巻の結末なのだが、それは「幸」の新しいステップアップの段取りでもある。詳しいところは原書で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

「幸」と「惣次」が新しい絹織の産地として目をつけるのが、品質の良い絹糸の産地である「江州」(滋賀県)なのだが、そこへ下調べにいった惣次が天満へ帰ってきて言う

江州浜糸の産地では、皆が皆、潤うているわけやない。むしろ、自分らの紡いだ糸が西陣でどれほどの値ぇがついて絹に処られているか、知っている者はおらん。儲かるのは糸の仲買ばかりで、あの辺り一帯、蚕育てて糸を紡ぐ役割意外が何ひとつ与えられてへんのや。確かに昔、羽二重などの絹布に処られていたはずやのに、勿体ない話しだす。

といったあたりには、都会地から、原料生産地としての地位に押し込まられてしまう「地方部の悲しさ」は昔も変わらないのだな、と思うとともに、滋賀−京都の複雑な関係はこの頃にすでに芽があったのね、と思う次第である。

「大阪府」構想が今、勢いを増してきていて、大阪はおろか関西に居住しない中国地方の辺境住人としては発言権はないのだが、実現できた暁には、新しい都会部による地方部の収奪ないしは植民地化のシステムではなく、「東京」のシステムとは違う「地域の活性化」の新しい道標となることを期待しております。

大坂・天満の「呉服屋」を舞台に、女性のサクセスストーリーが始まる ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 源流篇」(時代小説文庫)

店の主人の急死をバネに「幸」はさらにステップアップ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 奔流篇」(時代小説文庫)

五代目当主とともに、「幸」は新たなサクセス・ストーリーの段階へ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 貫流篇」(時代小説文庫)

店の拡大、売れ筋新商品の開発で商売繁盛。しかし「好事魔多し」 ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 転流篇」(時代小説文庫)

苦難を乗り越えて、いざ「江戸」へ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 本流篇」(時代小説文庫)

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