五代目当主とともに、「幸」は新たなサクセス・ストーリーの段階へ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 貫流篇」(時代小説文庫)

兵庫県の田舎から天満の老舗呉服屋に奉公にあがって、料理や掃除といった下働きをする「女衆」から、四代目の主人の後妻に入り、四代目の事故死後は、次男の五代目に惚れられて再婚し、とのし上がっていく、「あきない世傅」シリーズの「幸」なのだが、ミステリーであれば、おそらく彼女が事件の黒幕だろうな、となるのだが、時代小説ではそうではなく、健気な女性のサクセス・ストーリーとなっていく。
前巻で、その商売熱心さに、生来の冷たさが掛け合わさって、絹織りの新たな仕入先と考えていた村の長たちからダメ出しをくらった五代目の突如の「失踪」を、「幸」がどう切り抜けるか、が描かれるのが本巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 神無月の客
第二章 お家さんの心痛
第三章 揺れる心、揺るがない思い
第四章 曽根崎心中
第五章 援軍
第六章 披露目
第七章 結び糸
第八章 新たな売り方
第九章 人を育て、我も育つ
第十章 羽黒蜻蛉
第十一章 勝負の時
第十二章 決意

となっていて、前巻で、倒産寸前の両替商の手形を押し付けたことで、近江の波村の長たちから「あんた店主失格、奥さんならついていってやる」とダメ出しをされた、五代目徳兵衛こと惣次が失踪するところからスタート。ただし、失踪するときに、店から銀三貫を持ち出した設定にしているあたりは、次巻以降の布石っぽいな。

さて第一章から第六章までは、惣次が失踪した後の「幸」の身の振り方や、五鈴屋の後継に誰がなるか、といったところが主要なテーマ。前巻でもが書いたのだが、遊牧民の間では、夫をなくした女性を露頭に迷わさないために、兄弟に嫁いでいくというのは珍しくないし、日本でも兄の後に弟一人に、ってなところは許容範囲でも、それ以上となる・・というのが、今回の「幸」の身の振り方の支障になる。

もっとも、三男の「智蔵」は、「草紙作者になりたい」と家を出るなど、商人としては失格なのだが、これまで結構好意的に描かれているのは、この辺へ繋げる意図が作者にあったのかな、と邪推する。

第七章から第十一章は、惣次が発掘した江州・波村の絹織りが出来上がり、「五鈴屋」が反撃の狼煙をあげ始めるところで、江州産の絹織りのデビューだけでなく、行商をつかった遠隔地販売とか、PR用の風呂敷・手ぬぐいの製作、人形浄瑠璃での五鈴屋の宣伝など、サクセス・ストーリーの景気良さが味わえますね。
特にすっきるするのは、この新製品が産地を秘密にしたため、盗品の疑いがかかるところで、第五章で波村の機織りを担当している女性から、別けたもらった、織りきれずに残った経糸「機ずね」を真っ当な品である証明とするあたりは、時代劇ドラマの1シーンを見るようですな。

第十二章は、サクセス・ストーリーの第2段階突入。既存事業の立て直しを図った後は、五鈴屋の支店設立といった「業務拡張」というところなのだが、単純な支店設立ではなくて、ここでも伸るか反るかの駆け引きがあったりするのが、本シリーズの特徴でありますね。

【レビュアーから一言】

本巻のはじめの方の富久と幸との会話や、最後のほうで、「幸」の良い先導役となっている紅屋の「菊栄」との会話の中ででてくる「女名前禁止(おんななまえきんし)」という「女性は家持ちにも店主にもなれない」という大阪の掟が今巻以降のキーワードになってきますね。
上昇志向の女性陣たちからは怒りの声があがりそうなのだが、いくつかネットで調べてみると、女性が当主となったり、家主となったりする事例はあるようで、全国一律に「そう」ということでもなさそうだ。特に次巻で、江戸では、この禁制もないという記述もあり、商都・大坂でそういった禁制ができあがった経緯ってのを調べてみたいですね。「辰巳屋騒動」という将軍・吉宗の時代のおきた大坂の商家の相続争いが関連しているという話もあるのですが・・・。

大坂・天満の「呉服屋」を舞台に、女性のサクセスストーリーが始まる ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 源流篇」(時代小説文庫)

「女衆」から「ご寮さん」へ。サクセス・ストーリーが本格稼働 ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 早瀬篇」(時代小説文庫)

店の主人の急死をバネに「幸」はさらにステップアップ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 奔流篇」(時代小説文庫)

店の拡大、売れ筋新商品の開発で商売繁盛。しかし「好事魔多し」 ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 転流篇」(時代小説文庫)

苦難を乗り越えて、いざ「江戸」へ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 本流篇」(時代小説文庫)

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