苦難を乗り越えて、いざ「江戸」へ ー 高田郁「あきない世傅 金と銀 本流篇」(時代小説文庫)

商売がうまくいったり、成り上がりの兆しが見えてくると、旦那さんとかに支障がでるっていうのが、五鈴屋の「幸」さんの運命らしい。巻が進むにつれた、ぷっくらとした顔立ちから「別嬪」さんにどんどんなっていくのだが、そのあたりに秘訣があるんですかね、と疑ってみたりもする。
ただ、そういう尊い犠牲の上に、「江戸(東京)進出」を目指していくというのが、浪速商人の意地らしく、本巻では、手代に任せておけるか、と「幸」自体が乗り込んでいくのである。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 中有
第二章 女名前
第三章 出帆
第四章 木綿と鈴紋
第五章 春日遅々
第六章 果断
第七章 蟻の眼、鶚の眼
第八章 七代目の誓い
第九章 光と塵
第十章 知恵を寄せる
第十一章 満を持す
第十二章 討ち入り

となっていて、江戸進出を「幸」が企んだのは、五代目や六代目と目指した目標がそうというばかりでなく、「女名前禁止」という大坂ならではの掟をかいくぐって「五鈴屋」を倒産から防ぐ防衛策でもある。

第一章から第三章までが、「幸」が三年かぎりの臨時的な措置として「七代目」を襲名できるようになる苦労話。「女名前の禁止」は

享保十五年(1730年)、不況がなが微お気、商都大坂も不景気に沈んでいた頃のことだ。睦月、弥生、水無月、と立て続けに、女名前に関する町触れがあった。女名前が財産隠しに悪用される等という下地があり、建前として、これらを避けるため「家持」「借家」についての女名前を禁じる触書だった。だが、つまるところ、女が商いの表舞台に立つことを封じるものであった。

ということらしいのだが、詳しい謂れはまだ不明。江戸にはなくて、大坂特有の「掟」というのが不思議なところですね。

第四章から第七章までは、江戸進出の下準備のところ。途中、江州での縮緬の産地づくりが彦根藩肝いりになってしまい、五鈴家の独占というわけにはいかなくなるといったトラブルは起きるものの、着々と準備が進んでいく。ここで、「おやっ」と思うのは、「幸」が江戸へいく相棒として選んだのが意外なことに・・・、といったところかな。

第八章から最終章までは、いよいよ江戸での商売が開始。とはいっても、慎重に策を練っていく「幸」であるので、下調べを入念にし、そして、開店と決めた忠臣蔵の討ち入りと同じ日に向けてうったPRの手段は・・・、といったところなのだが、詳細は原書で。

【レビュアーから一言】

大坂で地歩を築いて、江戸へ進出というのは、関西出身の企業でよく聞く話なのだが、江戸のことからこうだったのか、というのは少々新鮮。もっとも、店の拡大が目的というより、自分の名前と才覚で商売をしようと思ったら「江戸」しかなかった、というのは、何やら当世の「女性活躍」の裏話を聞くようで寂しいものではある。
ただ、彼女の成り上がりは、男衆の引き立てによるものでなく、自らの才覚によるところであるのが清々しいな。
もっとも「江戸進出」が「討ち入り」になるあたりは大げさすぎて、ちょっと引くところでありますがね。

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