元旗本の若様たち、明治政府の”巡査”となる ー 畠中恵「アイスクリン強し」(講談社文庫)

維新後に巡査となった、元旗本の跡取りで組織する「若様組」のリーダー格「長瀬健吾」と、旗本家柄ながら孤児となり横浜の居留地で育った「皆川真次郎」、成金の娘で、お侠ながらスゴイ美人の「小泉沙羅」の三人を中心に、明治の中盤である明治二十年代を舞台に繰り広げられる「明治の青春小説」。

明治時代に限らず戦前の時代を舞台にした小説の主人公は、人生や実らない恋愛に悩んでいたり、あるいは日本が秀吉の時以降経験のなかった外国との戦争に翻弄されたりといったことが多いのだが、帝国憲法の制定から日清戦争の開始前という時代の空気を反映してか、将来の戦争の暗雲を感じながらも、「元気」に動き回るのが、なんとも「あっけらかん」として楽しくなる。

【収録と注目ポイント】

収録は

チヨコレイト甘し
シユウクリーム危うし
アイスクリン強し
ゼリケーキ儚し
ワッフルス熱し

の五話。

まず第一話目の「チヨコレイト甘し」の本筋は、皆川真次郎は西洋菓子店の「風琴屋」を開業するため、資金を集めようと悪銭苦闘の毎日を送っている。ようやく居留地の外国人の誕生日パーティーの料理をうまく仕上げたら、彼らから援助が受けられそうになる。
その脇の筋として、皆川真次郎のところに、相馬小弥太という、「某松平一万一千石」の元藩士の息子が転がりでくる。その元”藩”では、維新前後に藩主親子が亡くなってしまい、華族へ列せられないまま、現在に至っている。不遇をかこつ元藩士たちが、藩主の側室に息子がいたことを探り当て、その息子を華族にして「お家再興」を図ろうとするのだが、小弥太の持つ「刀の鍔」が証拠となるとして奪おうと狙っているという設定。
二つの話は、そのパーティーの当日にクロスして、元藩士たちが真次郎の家に押し入り、鍔を探す過程で料理の準備ををめちゃくちゃにしてしまう。さあ、真次郎の店の開店はどうなるのか・・・といった展開。
真次郎の機転と「若様組」の目覚ましい働きがシリーズ開幕ふさわしいですね。

第二話の「シユウクリーム危うし」は、長瀬と真次郎が浅草の先にある「貧民街」で、長瀬家の先代当主のじいやの息子捜しを、貧民窟の親分たちに助けてもらうのだが、その親分の一人・安野が、知り合いの娘の難儀を解決してくれと頼んでくる。
その娘の難儀というのは、彼女のところに何度か泥棒が入るのだが、貧民窟にいる娘のこと、財産らしきものはなにもない。その泥棒が狙っているものは何?・・・という展開。
この娘、元幕臣の娘で、実家の静岡では新種の「麦」を栽培しているそうなのだがというのがネタバレかな。

第三話の「アイスクリン強し」は、西洋菓子店を起動にのせようと苦労している皆川真次郎に、沙羅が通っている女学校で不埒なことをしているというスキャンダルが新聞報道される。文句をつけるために、報道元である「多報新聞社」へ文句をつけにいくが、その新聞社では投書に基づいて記事をつくっていて、最近、投書が急増しているらしい。さらには、真次郎のスキャンダル記事のソースは、彼が女学校の料理教室で菓子づくりの指導をしていた時のこと。関係者以外、そのときの様子は知らないはしなのだが・・・という展開。
スキャンダル記事の投書の秘密を探っているいるうち、「藪をつついたら蛇」の状況になります。

第四話の「ゼリケーキ儚し」は、美人のじゃじゃ馬のお嬢様・小泉沙羅の縁談話に関わって、真次郎や若様組に災難が降りかかる話。
沙羅の将来を心配した成金の父親・小泉琢磨が彼女を見合いさせようとるのだが、真次郎や若様組が邪魔をするのを防ぐため、知り合いの警察幹部に頼んで、若様組を衛生警察の手伝いをさせるよう仕向ける。ところが、そこで、第一話で登場した「小弥太」がコレラに罹っていることがわかり、彼を治療しようとするのだが、そこの住民たちとトラブルになって・・という展開である。

最終話の「ワッフルス熱し」は、「手紙の差出人をつきとめること、その差出人が一番に欲しているものを手に入れれば、褒賞を出す」といった怪しげな手紙が、若様組や真次郎のもとに送られてきたことを発端とする話。おそらく、その差出人は小泉沙羅の父親・琢磨だろうという推理から、若様組はそれぞれの思惑で暴走をはじめるのだが、真次郎は、沙羅の今度の誕生日のプレゼント捜しのほうが悩みのタネで・・・という展開。
ネタバレを少しすると、真次郎が沙羅のプレゼント捜しの過程で、差出人が欲しているものに気づくのだがこれはちょっと反則ではないでしょうかな。

【レビュアーから一言】

陰鬱な事件が相次いだり、先行きの見えない状況が続くときは、それろ歩調を併せてシリアスなものを読んでいると、こちらの気持ちも暗くなってしまうので、こういうときは小説ぐらいからっと明るいものがよい。
このシリーズのメインキャストは、小さいとはいっても三百石かた三千石の旗本の御曹司たちや、居留地育ちの元幕臣の息子といったところなので、明治維新後、相当の鬱屈もあろうとは思うのだが、それを吹き飛ばすように彼らを元気に活躍させているのが、「しゃばけ」シリーズの作者の「手練」なところであろう。こちらもその手にのって楽しむのが一番の「読み方」であるように思いますね。

 

アイスクリン強し (講談社文庫)
アイスクリン強し (講談社文庫)

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畠中 恵
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