「廃仏毀釈」の因果が明治になって復讐をはじめる ー 畠中恵「明治・金色キタン」(朝日文庫)

明治の二十年代、銀座にある派出所に勤務する「滝」と「原田」の二人の警察官を主人公にするシリーズの第2弾。
第1弾の「明治・妖モダン」は江戸から明治に時代が移る中で、こっそりと人間の世の中へ忍び込んでいた「妖」たちが、その姿をそろそろと現してくる物語であったのだが、今巻は、幕末に地方の小藩「甫峠藩」の「甫峠村」でおきた「廃仏毀釈」の前触れともいえる、「五仏五僧失踪事件」を発端に、その事件の関係者が明治になって出会った怪異事件に、牛鍋屋・百木屋の常連たちが絡んでいく物語である。

話のもととなる「五仏五僧失踪事件」のおきた「甫峠村」は架空の村であろうから場所探しをしてもしょうがないのだが、維新後「筑摩県」に編入されたとあるので、今の長野県中信地方・南信地方、岐阜県飛騨地方のどこか、菜種油が名産で江戸にも出荷していたとあるので、太平洋側に近い諏訪市などのある南信のどこかかな、と推察してみる。

明治の初期にここの「菜の花」が病気のために不作になって菜種油の生産ができないうちに、西洋から石油が入って廃れたといったエピソードは、明治初期のエネルギー転換による日本の産業の構造変換と、維新の開国によって外国から産物だけでなく病もはいってきたのか、といったことを思わせて、「開国」による「陰」の部分を連想させる。

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 赤手と菜の花
第二話 花乃と玻璃
第三話 モダン 美人くらべ
第四話 闇の小路
第五話 上野の競馬
第六話 祟り、きたる

となっていて、単和構成ながら、互いに関連していて、江戸から明治に至る中で、動乱に翻弄されて「甫峠藩」におきた今回の怪異の原因となった事件の謎解きとなっていく。

第一話の「赤手と菜の花」は、今回の一連の物語の発端と鍋屋・百木屋の常連・赤手の失踪事件の解決。失踪は、江戸のはずれにある甫峠村の廃寺でおきる。この甫峠寺の別院廃寺にある仏塔を内務省のお偉方の命令で取り壊すこととなり、その前に仏塔の中で探しものをさせてくてれと、「赤手」が勝手に中へ入りこんだ時に、仏塔が倒壊。そのまま、赤手が行方不明になったというもの、赤手の行方の鍵をにぎるのは、この内務省のお偉方・阿住の邸宅の二階に隠されている仏像にあるのだが、この仏像の手が切られていて底のところが朱で赤くなっているところに、今回の失踪と「赤手」の秘密が隠されていると言う趣向。さらには、今話の底流をリードする、甫峠村にあった甫峠寺の五仏と五人の僧が行方知れずになっているという謎が仕込まれてますね。

第二話の「花乃と玻璃」は巡査の滝の昔の恋人・花乃が新興宗教にかぶれてしまっての事件。その新興宗教は「かのう会」という名で、会員皆の力で、会員の「望み」をかなえていくというもので政界・官界の有力者も入っているという代物。まあ、出世欲とか権勢浴とかがうずまく世界に似合う話ではある。花乃は、百木屋の常連で「覚り」の「お高」に「滝のためにならない」と叱られて会のほうを脱退するのだが、会の主宰の「五之倉」という男も、これを機会に会を解散したいと言い出す。之に対して、会のほかのメンバーたちは承知せず、「五之倉」が解散したいと言い出した「花乃の脱退」の原因者である「滝」を逆恨みして付け狙う、という展開。五之倉が滝に渡した「玻璃の玉」が、甫峠村の寺の仏の白毫であったということで、全体のストーリーが「甫峠寺」の謎のほうへ誘導されていく。

第三話の「モダン 美人くらべ」は、百木屋の看板娘・みずはも通っている居留地の女学校の女子生徒を対象とした「美人選び」にまつわる事件。この「美人えらび」の順位では一位が小乃子爵家の「晴子」さん、二位が某子爵家の「清子」さん、三位が百木屋の「みずは」ちゃんという暫定順位なのだが、この第一位の「春子男さん」が姿をくらましてしまう。どうやら、晴子さんの姿を一目見たいと、男たちが女学校周辺で「出待ち」や「追っかけ」を始めてしまい、彼女の見合い相手がそれを不満に思ったいることが原因らしい。彼女の周囲の騒動は、彼女の写真がいろんなところに配られているのが原因なのだが、当時効果であった「写真」をあちこちに配りまくった犯人は、そして、その目的は・・・、といった展開。

第四話の「闇の小路」は第一話で甫峠寺の仏塔を破壊させた内務省のお偉方・阿住の「妻」と「息子」が現れての騒動。この妻を名乗る女性は、甫峠村の名家・六林家の「みつ」というのだが、彼女が「阿住」と出会っていた幕末の頃、阿住は関東の出ており甫峠村にいるはずがない、とのこと。おまけに阿住と会った「みつ」は自分の夫と「阿住」とは別人だと言い始める。一体、どちらの「阿住」が本物なのだ?、と話が進んでいくうちに「みつ」の息子で、「阿住」の子どもと主張する「肇」が何者かに殺されてしまい・・・、といった展開である。
「肇」殺しの犯人として、巡査の「滝」やら、新興宗教の開祖・五之倉、多報新聞社の記者・布藤が連行されるのだが、本当の犯人の動機は、「みつ」が「阿住」と出会ったという「幕末」の時期に遠因があって、というのがネタバレですね。事件の最後はひさびさの「怪奇仕立て」になってます。

第五話の「上野の競馬」では上野の不忍池で開催された競馬の会場で、第二話に出てきた「仁科子爵」が小銃で射殺される事件がおきる。この犯人として「滝」や阿住の部下「喜多」、五之倉、競馬場の小僧などが容疑者として引っ張られるのだが、途中、滝の毒殺が企まれたり、喜多は犯人として名乗りでろ、と脅迫を受けていたことがわかったり、と事件の犯人をできるだけ早くでっちあげようとする者たちがいる気配。
小銃というのは、簡単に出に入る武器ではなく、これが大量にあるところといえば・・・、というのが謎解きの鍵。ネタバレ的には、当時、軍備増強のために装備の改変が進められていたのだが、大陸進出のためには、騎兵のキモである「軍馬」を西洋馬にするかどうかの議論があった、といったあたりでありましょうか。

第六話の「祟り、きたる」は、この巻の最終話にして、甫峠村にかかわる怪奇な出来事の解決篇。甫峠村に幕末におきた「五仏五僧失踪事件」について、「五仏」のすべてが揃うと「甫峠村」に祟りが起きる、という噂が流れているのだが、この段階で、仏ではないが、甫峠村の関係する人物が、「五之倉」「赤手」「布藤」そして「阿住」と四人揃ったことになる、さて・・、というところ。
話の方は結末に向かって拍車をかけるように、阿住の邸宅で不審火が起き、邸宅が焼け落ちてしまう。この火事で大火傷をおった「阿住」と「滝」は、百木屋で治療をすることになるのだが、「阿住」は百木屋にいることを隠したまま、この不審火と、甫峠村の「五仏五僧失失踪事件」の真相を知る人間をあぶり出すために罠をしかけるのだが・・・、といった展開。
「五仏五僧失踪事件」の真実や、阿住や今巻の登場人物に絡む謎も明白になるのだが、結末のところは原書で確認をしてくださいな。

【レビュアーから一言】

江戸から明治への転換期は、官軍側からの目線で描かれることが多く、時勢を見失った「江戸幕府の倒壊」というところと「世界に開かれた時代」というところが強調されるのだが、転換期につきものの、古き伝統が破壊されたり、それに関わった人物が闇に葬られたり、と光に対する「陰」の暗さもまた深くなるのが常というもの。

廃仏毀釈という宗教上の大嵐の中で翻弄された人々が、明治になって迎えたその後始末は「妖しい」魅力があふれるものになってますね。

 

明治・金色キタン (朝日文庫)
明治・金色キタン (朝日文庫)

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