江戸の庶民を火事から守る「火消し組」誕生 ー 今村翔吾「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 1」(祥伝社文庫)

「火事と喧嘩は江戸の華」というのは、かなり使い古された言葉なのだが、江戸時代、その建築構造や住環境から火事が多かったのは間違いなくて、誰でも知っている有名なものだけでも「振袖火事」「八百屋お七の火事」といったところがあるのだが、そういう「火事」の消防にあたって女子からも人気の高かった「火消し」の物語が、本シリーズである。

本シリーズの時代設定は、明和の終わり頃から安永にかけての頃で、将軍は徳川吉宗の孫の徳川家治。吉宗の長男・家重が言語不明瞭であったため将軍家の跡継ぎからはずそうか、といった声が上がる中、将軍となれたのは、孫の家治が聡明だったから、という伝説も残っているのだが、書画や将棋といった趣味に没頭して、幕政は家臣任せだったといて、あんまり評判のよい将軍様ではないですね。そんな将軍様が幕政を任せたのは、以前は悪名ばかりだったが、最近、見直しの気配のある「田沼意次」で、新田開発や専売制などで景気もよくなったものの「賄賂政治」と批判されたり、災害の面では「明和の大火」や、ちょっと時代がさがると「天明の大飢饉」や「浅間山の噴火」があったりと、騒がしい時代でありますね。

もっとも、第一巻の時は、田沼意次が自分の勢力を固めていこうとするときなので、どちらかというと、新進気鋭の政治家登場といったあたりですね。


【構成と注目ポイント】


構成は
第一章 土俵際の力士
第二章 天翔ける色男
第三章 穴籠もりの神算家
第四章 花咲く空の下で
第五章 雛鳥の暁第六章 火喰鳥

となっているのだが、今巻はシリーズ最初の巻とあって、大名火消しの一つである、戸沢家の「火消し」である「羽州ぼろ鳶組」誕生の物語。ただ、この「火消し組」、本藩の財政窮乏のため、予算も削られ壊滅寸前となっている、というのがスタートで、どちらかというと景気の良くない滑り出してあるのは間違いない。


第一章から第三章までは、この新庄藩の大名火消し、その装束がぼろぼろなため「羽州ぼろ鳶組」と呼ばれることになるのだが、その再建譚となる。再建の主役となるのは、元旗本火消で、「火喰鳥」と異名をとりながら、家中の騒動に巻き込まれて浪人となっていた「松永源吾」という侍。ここで意表をつかれるのが、彼の奥方「深雪」という女性で、とてもケチで、旦那に冷たいのである。それは例えば、自分を召し抱えようという戸沢家の意図がわからず、は「話に裏があるのでは」疑う、源吾を差し置いて仕官話を了承して


「試し斬りで、拷問にでも使ってくださいまし。よろしくお願い申し上げます」


といった具合であるし、源吾が火消人足を雇うために口入れ屋と交渉する際に、高い値をいってくる口入れ屋を値切った上で、自分の「御足代一両」をしっかり請求したり、とまあ時代劇でよくある、主人公を支える健気な妻、といったところからはかけ離れているのだが、その理由は・・・、といったところは物語の後半で明らかになります。


で、ぼろぼろになっていた「戸沢家の火消し組」が大名火消しの代表格である「加賀鳶」と並んで「羽州ぼろ鳶組」として成長していく中で、そのタ立役者となっていくのが、怪我で引退したものの怪力の持ち主の元相撲取り・荒神山寅次郎、江戸で一・二を争う軽業芸人の彦弥、天文の天才でハーフの加持星十郎という一癖も二癖もある連中なのだが、彼らが「ぼろ鳶組」に入る経緯はこれまた波乱万丈なんですが、ここらは原書で。

話の本筋のほうは「狐火」と名乗る連息放火犯との闘いで、この放火犯は、花火で有名な「鍵屋」の腕利きの花火職人であったのだが、弟弟子の息子の打ち上げの失敗で、娘が事故死し、妻も自殺してという過去から、「鍵屋」を恨んでいる。田沼意次の失態をつくりあげるため、彼の反対派が、その恨みに乗じて連続放火をさせて、江戸市中を不安に陥れるという筋立て。

元腕利きの花火職人とあって、爆薬を使わずに土蔵を爆破させるような火事であったり、携帯している壺に詰めた粉末を使って爆発に近い放火をしたり、と訓練の行き届いた「火消し」たちが翻弄される火事を起こしていく。そして、彼の仕掛ける「朱土竜」によって、新之助が大やけどを負ってしまう。なんとしても、この「狐火」を捕まえようと網をはる「羽州ぼろ鳶組」を尻目に、「狐火」一派は、大掛かりな放火「明和の大火」となる付け火を起こす。さて「ぼろ鳶組」は江戸の民を守れるか・・・、といったところがクライマックスになります。

【レビュアーから一言】

「火消し」というと、あばれん坊将軍の「め組の頭領」など「町火消」のほうがどうしても目立つのだが、今シリーズは、方角火消と呼ばれる大名火消し、しかも「加賀火消し」のような大手ではなくで、出羽新庄藩六万二千石・戸沢家の「火消し」という少々こぶりな舞台設定ではある。ただ、源吾と深雪の夫婦が「明和の大火」をきっかけに再び昔の絆を取り戻していくなど、それぞれの登場人物が「羽州ぼろ鳶組」という舞台で、そのはまり役を勝ち取っていく姿は、一種の「成り上がり物語」「出世物語」的な明るさがあって、心が沸き立ちますね、
最後のほう、火事を鎮火して帰る途上に、「ぼろ鳶組」の格好を笑う江戸の町の人々の前で彦弥が見えをきる


我らは江戸を守っているのではなく、江戸の生きる方々をお守り致します。そのために格好なんて構ってられねえ。みすぼらしくとも、汚らしくとも人を守ってこそ火消し


といったあたりに、これからの展開に期待させるシリーズ第一巻でありますね。

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