度重なる「引っ越し」の苦難も工夫次第でなんとかなる ー 土橋章宏「引っ越し大名 三千里」(時代小説文庫)

「越前大野→出羽山形→播磨姫路→越後村上→播磨姫路→豊後日田→出羽山形→陸奥白河」
これが本作の主人公が仕えるお殿様・松平直矩が生涯に行った「引っ越し(国替え)」の経路である。蝦夷や四国は入っていないものの、本州の北から南までの大移動で、まあ、今どきの転勤族顔まけの引っ越し続きであるのだが、当時の大名の引っ越しは、家族と家臣を連れての大移動で、その経費の捻出から移動の手配まで、かなりの大事業であったことは間違いない。

本巻は、そういう「引っ越し」という大事業を三度も采配した、冴えない男の物語である。

ちなみに、星野源、高畑充希の主演で映画化が進められていて、2019年8月に公開される予定になっていて、メイキング画像の一部も公開されているようですね。

【構成と注目ポイント】

構成は

引っ越し大名の旅路
一 運命
二 かたつむり
三 於蘭
四 とにかく捨てろ
五 炬燵
六 上役
七 追われる者同士
八 焼失
九 勘定奉行
十 墓
十一 言い渡し
十二 出立
十三 姫路城引き渡し
十四 迷い
十五 不遇
十六 船出
十七 永山城
十八 風雲
十九 引っ越し大名
二十 邂逅
二十一 白河の密談

となっていて、もともと、こんなに多く国替えを命じられるのは、徳川の名門ではあるが、いわゆる徳川家の鬼子である結城秀康の系統で、父親は二代将軍・秀忠に睨まれて改易された松平忠直の弟であったから、といったことと、徳川綱吉が嫌った家綱時代の大老・酒井忠清に「越後騒動」で協力したから、という松平直矩の責任ではないところもあるのだが、本書では、若い頃の柳沢吉保に色目をつかったから、ということもあるようで、そんなこんなでとばっちりをくった家臣たちは、たまったものではありませんね。

その度重なる「引っ越し」のうち、もっとも収入の多かった「姫路十五万石」から「日田七万石」へ減封されての国替えとなった天和二年(1682年)から始まって、出羽山形への貞享三年(1686年)の引っ越し、元禄五年(1692年)の陸奥白河への引っ越し事業を成し遂げたのが、通称「かたつむり」こと「片桐春之助」という男なのだが、この男、城の書庫番で人見知りの、なんとも冴えない、周囲から出来損ないと言われている人物である。

なぜ、そんな人物が大役を?、という疑問を抱かれる読者もあろうかと思うのだが、そこは、失敗が大いにある大役を誰も引き受けたくない、というのは「役人」の習性で、まあ、押し付けやすい人物に回ってきた、というところでありますね。

で、そうした人物に「御役」が回ってきたときにおこるのが、「大逆転劇」というもので、病死した先任の引っ越し奉行の娘・於蘭のアドバイスと励ましをうけながら、任務に立ち向かっていくのだが、その働きは痛快にも・・・、といった筋立てで、「成功物語」的な爽快感が味わえる展開になっている。

例えば、引っ越しの運送を引き受ける商人との折衝では、こちらが素人と思って高値を言ってくる相手を、マーケットリサーチの結果をつきつけて逆に以前より低い料金で承知させたり、引っ越し費用の借り入れでは、その誠実な「土下座」が好印象を勝ち取ったり、と、他の藩士では思いつかない手を繰り出していくのである。

中でも圧巻は、藩士の引っ越し荷物を半分に減らさせる工夫なのだが、頑として半減に応じない祐筆にとった手段は、大きな幕をもってきて、荷物の前に掲げて見えなくして・・・、といった手法で、人間の記憶の曖昧さと、弱みを握られた弱さを突いてますね。

このほかにも、引っ越しのマニュアルの高値販売とか、参勤交代を利用した引っ越しとか、引っ越しも回数を重ねてベテランの域に達すると「見事」としかいいようのない技が見られるのだが、之以上は原書か公開後の映画で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

こうした大事業を成功させた立役者というものは、称賛は受けても実は処遇されずに終わる、というのがよくあることなのだが、本巻の主人公の場合は、意地悪を続けていた次席家老の「藤原」の理解と支持も勝ち得て「万々歳」となるところが、後口がよくて良いですね。当方も、こういう処遇を受けられていたらねー、と羨む次第であります。

そして、この松平直矩は白河藩主のままで生涯をとじているので、「春之介」の引っ越し奉行最後の仕事も、見事「ご成功」ということで目出度い結末でありますね。

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