幕府と誘拐集団をかいくぐり、山中から「植物学者」を脱出させよ ー 今村翔吾「夏の戻り船 くらまし屋稼業3」(時代小説文庫)

第一作で、浅草を牛耳っている香具師の元締め・丑蔵の手下の万次と喜八、第二作で日本橋の呉服屋・菖蒲屋の奉公人・お春を、彼らを殺そうとする丑蔵や人買いに売っぱらおうとする菖蒲屋と人買いたちの間をかいくぐって、見事、江戸から脱出させて「晦ます」ことに成功した「くらまし屋」たち。
今回、やってきたのは、元幕府の採薬係の本草家(現在の植物学者のことですね)からの依頼。自分を江戸から「晦まし」て陸奥へ脱出させてくれという依頼であった、というのが「くらまし屋」シリーズの第三弾『夏の戻り船』である。

「くらまし屋」側の主なキャストは、リーダーの浪人で飴細工屋の堤平九郎、「くらまし屋」のホームグラウンド「波積屋」の看板娘・七瀬、女にもてるが博打好きの「赤也」、「波積屋」の主人・茂吉といったところなのだが、今巻から、第二巻で「晦ます」ことに成功して人買いの魔手から救った「お春」も「波積屋」で下働きをやっていて、シリーズにどんな色合いを添えてくれるか楽しみなところである。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 一生の忘れ物
第二章 天嶮の牢獄
第三章 其は何者
第四章 修羅の集う山
第五章 蒼の頃へ

となっていて、今回の「くらまし」案件は、冒頭書いたように本草家の阿部将翁という老人で彼を「皐月(5月)」の十五日」に着くよう船で盛岡藩の豊間根村に「晦ましてくれ」というもの。豊間村というのは今は山田町に合併されている、太平洋に面したリアス式海岸のあるところで中心産業は「漁業」とあるので、本書の描写とよく似ている。なぜ、この豊間村に行きたいかは、「阿部将翁」の若い頃の思い出と結びつきのだが、ここらは原書で確認してもらったほうがいいでしょうね。

今回の依頼が難しいのは、依頼を受けてから将翁が幕府が密かにつくった高尾山中の薬園に匿われるというか軟禁されてしまう事態が生じてしまったため。そこは山中にあるばかりでなく、薬園奉行の配下に道中奉行の配下、御庭番たちががっちり防備を固めているという、「晦ま」すにはかなりの苦労の必要なところである。
どうやら、最近、江戸市中の本草家たちが攫われるという事件が頻発しており、幕府はそれを警戒して将翁を軟禁したということらしい。そこまで将翁に拘る理由は、彼が若い頃は清国まで渡ったことのある経験をもっていて、植物のことに加えて、地理や地勢・地相まで詳しいという点にあるのだが、彼が新しい鉱山の在り処も知っているから、という生臭い事情が、幕府の本音である。

さらには、他の本草家をさらった「虚」と名乗るグループの目的も新鉱山情報の横取りのため、将翁を誘拐するのが目的らしく、将翁を軟禁した高尾山の薬園を舞台に、幕府の薬園奉行の配下、「虚」の一味、くらまし屋」が三つ巴になって、将翁の争奪戦を繰り広げる。さて、平九郎たちは、将翁を期限に間に合うよう、陸奥まで「晦ます」ことができるか・・・、というのが今回の展開。

山の中にぽつんとあって周囲を役人が固めている屋敷から人を脱出させるために「七瀬」の考えた策は相変わらず見事なのだが、第二巻で登場した道中奉行の配下の腕利き同心・篠崎瀬兵衛が薬園の警備に派遣されていたり、「虚」からは冷酷な牢役人・初谷男吏と凄腕のイケメン剣客・榊惣一郎(昔のコミックファンならわかると思いますが「るろうに剣心」の宗次郎みたいな感じです)が、将翁誘拐に高尾山まで侵出してきて、といった具合で、なかなかの難事。今回の「晦まし」も、騙し合いと壮絶バトルがないとおさまりがつかないので、そのあたりはたっぷり楽しめます。

【レビュアーから一言】

「くらまし屋」シリーズは、ここらから、筆者が手がける別の物語「羽州ぼろ鳶組」シリーズと微妙な絡み合いを見せ始めていて、年代的には「くらまし屋シリーズ」が宝暦(1751年から1764年)の頃で、「羽州ぼろ組」が大火のあった明和(1764年から1722年)のあたりの話なので、少しばかり「くらまし屋」のシリーズのほうが年代が古い。
あちこちに、「ぼろ蔦組」シリーズの主要人物の若い頃が登場するので注意しておいてくださいね。

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