江戸時代のパティシエを目指す娘の奮闘物語はいかが ー 篠綾子「望月のうさぎ 江戸菓子舗照月堂1」

女性が主人公で食べ物がテーマの時代小説となると、たいていは居酒屋、料理屋、一膳飯屋というところが多くて、職人の世界、しかも「和菓子」の世界というのはそうそうはお目にかかれない。

現代では女性の菓子職人やパティシエというのは珍しくなくなっているのだが、男女の区分や女人禁制の部分が多く、菓子作りが鍋や機材の持ち運び、餡や生地の込めあげなど今より力作業が必要であった江戸時代の中期を舞台にした「女性和菓子職人」の物語が本書『篠綾子「望月のうさぎ(時代小説文庫)』の「江戸菓子舗照月堂」シリーズである。

主人公は、京都の公家の仕える侍の家に生まれた「なつめ」という少女が、父母の急死と兄の失踪という事件を経て江戸へ行き、菓子職人の途へ進んでいく物語なのだが、よくある成り上がりものと違うのが、「菓子職人になるのが幼い頃からの念願」といったわけではなく、京都で好きな菓子を存続させたかったから、というのが少々変わり種のスタートである。

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 最中の月
第二話 望月のうさぎ
第三話 辰焼きと鯛焼き
第四話 大安大吉飴

となっていて、本シリーズの最初の巻らしく、舞台回しやキャスト紹介のあたりから進んでいくのだが、主人公の「なつめ」を京都から引き取って育てる「了然尼」というのは実在の人物で、武田信玄の子孫で、東福門院に仕えていたことや出家するために美しい顔面を火熨斗で焼いたといった話は事実のようですね。主人公がこのあたりの名家の人々と知り合いっていうのは、話が進行するにつれて大きな影響をしてくるんだろうが、最初のあたりは菓子屋の女中奉公の身元保証ぐらいの使いみちである。

第一話と第二話は、主人公が京都で好きだった、家族の思い出の味「最中の月」を江戸に伝えた「照月堂」で、その店のメニューから外されてしまうのを留めるため、菓子舗に奉公して菓子の改名を工夫するのだが、彼女のネーミングの才能が芽生え始まるあたりを描いている。
菓子舗に奉公と言っても菓子職人としてではなく、店の子どもの子守としてであるので、菓子作りができるようになるまでには、まだまだ道のりが遠い状況ですね。
「最中の月」というのを検索してみたのだが、作中のような「餅菓子」の形のものはなかったので、菓子としてはフィクションなのでしょうね。

第三話は、照月堂の菓子職人の辰五郎が独立するにあたり、店の看板になる菓子を考案する話。この辰五郎という職人は照月堂の先代主人市兵衛の「庶民派」のほうを受け継いでいて、元主人の久兵衛の「高級和菓子派」とはそりがあわない、という設定ですね。このあたり、「なつめ」が菓子職人になっていく過程で、方針に悩んでいく伏線とみました。
で、つくられる菓子は「小麦の粉で作った皮でつぶ餡をつつんで、皮は分厚くして卵を混ぜてふっくら焼き上げた」というもので、表面に「辰」という焼印を押しで出来上がりというお菓子である。
表題の「鯛焼き」は今川焼きから派生したもので明治時代にうまれたととのことなので、ここはフィクションのお菓子として想像したほうがよいですね。

最終話は、辰五郎が独立した後、店の菓子職人の見習いとして入る「安吉」の就職試験の顛末。腕試しとして、飴づくりを命じられるのだが、名店で修行していたとは名ばかりの腕しか持たない「安吉」がつくったものは・・・、そして、その飴の名付けをするよう言われたなつめの付けた名前は?といった展開ですね。
この安吉という人物、菓子作りの腕のほうはからっきしなのだが、口は達者で土瓶口も多い、という設定なので、少々イラッとこさせるのは作者の手の内であろうか。

【レビュアーから一言】

鎌倉豊島屋さんのHPによると、江戸時代の菓子は、白砂糖を使った大名や上級武士対象の上菓子と黒砂糖を使った庶民向けの並菓子(駄菓子)に分かれて発展したようで、この辺は「照月堂」シリーズでのあちこち顔をだしてきますね。

もっとも、上菓子は京都の菓子屋の江戸支店という扱いが多く、やはり本場は「京都」というのは、時代が下っても上田秀人さんの「御広敷用人 大奥記録」シリーズの「茶会の乱」で天英院と月光院のやりとりでも明らかで、ここらは現代に至るまで変わっていないのかもしれないですね。

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