「雨月物語」誕生のアナザーストーリーを楽しもう ー 西條奈加「雨上がり月霞む夜」(中央公論新社)

江戸時代の上田秋成の幻想物語「雨月物語」を底におきながら、雨月物語の作者である「秋成」、彼の幼馴染で隠者のような暮らしを送っている「雨月」、そして、「雨月」のもとにやってきた鳥獣戯画のもととなった兎の妖怪が繰り広げる「雨月物語」っぽい話が語られるという設定である。

【収録と注目ポイント】

収録は

紅蓮白峰
菊女の約
浅時が宿
夢応の金鯉
修羅の時
磯良の来訪
蛇性の隠
紺頭巾
幸福論

となっていて、本物の「雨月物」では「白峰」「菊花の約」「夢応の鯉魚」「仏法僧」「吉備津の釜」「蛇性の婬」「青頭巾」「貧福論」と名前を比べてみてもらえばわかるように、設定とかは同じところをなぞりつつも、「異説」の雨月物語が語られていく。

それは例えば、「夢応の金鯉」では、名品の鯉の掛け軸の話でありながら、地元の代官がその掛け軸を持ち主の僧侶から取り上げたことが発端となる話となるし、「修羅の時」は、摂政関白・豊臣秀次の亡霊に関する話ではあるのだが、その亡霊たちの争う様子に、上意討ちを命じられ、父を討とうとした息子の心が変わっていくと言う話になるという感じで、まるで、雨月物語のプロトタイプの臭いはあるのだが、今「雨月物語」として残されている話と変わっている部分が多いのである。

では、その違いが陰惨な方向に進んでいくかというわけではなく、「磯良の来訪」は本物の「吉備津の釜」が、吉備津神社の娘・磯良を妻にした男が浮気をして彼女を捨てた後、磯良の亡霊に取り殺される話であるのだが、体中に呪文を書いて閉じこもり、最後の夜が明けて戸を開けた時、「磯良」が現れるところは同じでも、喧嘩両成敗的な話に決着するし、「蛇性の隠」も、本物と同じく「蛇」の化身が男に惚れて、つきまとう話ではあるのだが、この物語のほうは、周囲から強制的に引き離されても、なお男のことを恨まず愛し続けるという「妖し」の一途さといじらしさが強調される話となる。

このずれがどうして生まれるか、というのは、この物語全体の設定のところにかかっていて、秋成と一緒にいる「雨月」は人見知りがひどいとかの理由をつけて、来客かおろか母親の眼の前にも姿を現そうとしないし、提供される食事もほとんどとらない、といったあたりに秘密があるのだが、そこは本書の最後のほうで明らかになる。

【レビュアーから一言】

「名作」のメイキングストーリーとかは、コミックでいえば、谷口ジローさんの「秋の舞姫」とかが有名なのだが、この物語は、「雨月物語」の誕生譚というよりは、雨月物語の作者「上田秋成」の誕生譚という味わいである。
雨月物語まではそんな売れっこでも、才気溢れる人物とも思えなかった彼が、どういう理由で脱皮したのか、に妄想をかきたててくれる作品であります。

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