「なつめ」にヘッドハンティングかかる。さて、どうする ー 篠綾子「びいどろ金魚 江戸菓子舗照月堂5」(時代小説文庫)

江戸で女性菓子職人を目指す京都生まれの少女「なつめ」の姿を描く「江戸菓子舗照月堂」シリーズの第5弾。
菓子職人としては修行を始めたばかりで腕はまだまだながら、照月堂vs氷川屋の菓子勝負では主人の補助役をしっかり務めたり、と存在感を増してくるとともに、氷川屋の娘・しのぶとも仲良くなって、ますます修行に励みがかかっていく。

ただ修行に専念しようとするとあれこれトラブルが起こるのはこのシリーズの常で、職人のヘッドハンティングが過熱したりやら京都で修行中の安吉の意外な才能が発見されたり、と盛りだくさんな筋立ての本巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は
第一話 桔梗屋桜餅
第二話 菓子職人の道
第三話 びいどろ金魚
第四話 水無月
となっていて、前巻で幕府歌学方の北村季吟・湖春親子から注文のあった菓子は、試験にパスしたようで、照月堂は北村家の「出入り商人」になるのがスタートのところ。

歌学方の出入り商人ともなると、茶席やら歌会やら句会から当時のハイソな集まりの菓子として注文がくることは間違いない。今の所、照月堂をライバル視する「氷川屋」に情報が入っていないせいか、第一話では、「なつめ」と「しのぶ」は平穏に「桜見」にでかけて名物の桜餅をパクつくことができている。今は当たり前のようになっている桜餅をくるむ塩漬けの桜の葉が「桔梗屋」という店の始めた新基軸という拵えですね。第一話の最後のところで、前巻までで照月堂や大休庵に出入りしてる行商の薬屋の息子「富吉」から、行方不明になっている兄の慶一郎の情報らしきものが出てくるので覚えておいてくださいね。

第二話では、辰巳屋の辰五郎の引き抜きに失敗した、氷川屋が今度は、「なつめ」の引き抜きを画策する話。なつめはまだまだ半人前以下の職人であるので、引き抜いても氷川屋で使っても益はないのだが、一人でも従業員が減れば照月堂が困るだろう、との「嫌がらせ」そのもののやり口ですね。引き抜きを命じられるのは氷川屋の娘「しのぶ」で、こうしたことが続くと親子の溝は膨らむばかりでしょうな。こうした謀略はどうかすると、自分の返ってくることがよくあるもので、氷川屋の若手職人の菊蔵の逆引き抜きの話へ発展してしまいます。

第三話の「びいどろ金魚」では、京都で修行中の安吉の近況が描かれる。菓子作りの腕のほうはさっぱり上達していないようなのだが、持ち前の裏表のない性格が、店の苦情処理係として重宝されている上に、柚木家の問題児ともうまくやっているようで、彼の渉外担当としての才能が開花するところですね。本編の江戸のほうでは、なつめが夏の和菓子の新作を考え出すところがメイン。

照月堂の子供たちが通っている寺子屋の女性師匠の飼っている金魚がヒントになって、「びいどろの器」に金魚の姿に象った練切を入れ、透明な葛で満たした、涼しげなのものが出来上がりますね。

最終話は、職人の引き抜き合戦の結末。「なつめ」の引き抜き話は彼女がまだ見習い中であるせいかさほどのトラブルもなく決着。それよりも急展開をみせるのが、菊蔵の引き抜き話の方で、彼が前に出てきた、職人が大店に引き抜かれたために潰れてしまった菓子舗・喜多屋の息子であることがわかったり、氷川屋や娘のしのぶの想いがあれこれ錯綜する展開になるのだが、詳細は原書の方で。

【レビュアーから一言】

「なつめ」の引き抜き話が出たあたりでは、これは思いがけない展開になるのではと思ったのだが、氷川屋が意外に淡白なのが幸か不幸か、といったところですね。新しい菓銘や菓子のアイデアとか、今は菓子づくりの腕は半人前ではあるのだが、ネーミングや新商品開発の才能はなかなか修行しても得られないものなので、照月堂がレベルアップするには欠かせない才能ですからね。

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