お園と吉之進の恋路を邪魔する「高ピー娘」出現 ー 有馬美季子「縁結び蕎麦 縄のれん福寿5」(祥伝社文庫)

疾走した亭主の捜査行で、多摩地方まで一緒に旅をした後、そのままくっついてしまうのかな、と思えた、元同心の寺子屋師匠・吉之進と、「福寿」の女将・お園の仲は、なかなか本腰をいれた付き合いにならないままであったのだが、吉之進の実家の親戚のお嬢様・文香が登場することで、波乱が巻き起こるのが今巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

お通し 新年料理
一品目 円やか河豚雑炊
二品目 紅白ゆで卵
三品目 石楠花の寿司
四品目 ほっこり芋金団
五品目 縁結び蕎麦

となっていて、まずは吉之進の再従姉妹(はとこ)の文香が登場するところからスタート。
彼女の実家・綾川家は「表右筆」の旗本で、そこの長女という設定。さらに、吉之進の母親の実家がこの綾川家ということになってますね。右筆というのは公文書の作成や記録などを行う文官で、幕府の決裁書類の老中や将軍の決裁の順番を差配したり、裏の実力者であるのだが、この時代、右筆の中でも奥右筆がトップエリートであるので、「表右筆」だけの家というのは、ちょっと鬱積したものがあるかもしれないですね。

で、この鬱屈がこの娘にも感染っているのか、やたらと「武家」を持ち出して「町民」をバカにする上に、吉之進に惚れているので、お園へ何かとつっかかってくるという味付けとなっている。

話の本筋のほうは、「読楽堂」という版元が出す戯作に書かれている事件が本当におきる、と評判になっている。この話は、さる大店の大旦那の周辺で起きる事件とされていて、その中に、日本橋小舟町の料理屋を訪れた客が橋からおちて溺れかける、とか、日本橋高砂町の河豚料理屋で河豚を食った客が毒で中毒死するといったことが書かれている。そのうち、小舟町の「福寿」の「ライバル店「山源」を訪れた客が本当に川に落ちたりといったことがおき、高砂町の河豚料理屋は客足が減ってきて・・といった展開をしていく。

そして、第二弾の戯作では、お妾さんを囲っていた大店の旦那が彼女に捨てられる話が出版されるのだが、その話の設定によく似た境遇の「お竹」という女が「福寿」の贔屓客となる。お竹がその旦那を捨てるのか、と思っていたら逆に旦那に捨てられる仕打ちを受ける。

こうした人騒がせな戯作を書く作者の意図は何か。そして、この大旦那というのは一体誰をモデルにしているのか、といったあたりが、今巻の謎解きの中心ですね。

このシリーズの特徴である、とことん悪いやつはでてこないのと、事件のせいで不幸のどん底に落ちる人も出てこないというのは、今巻でも堅持されていて、戯作のデマの被害者となるフグ料理屋も、お園の知恵と工夫で危機を脱するので、不幸な話が苦手な方も安心して読めます。

そして、この巻のもうひとつの主題の「お園」と「吉之進」の中がどうなるか、は最後のほうで、まあ、なんとかなりそうなので、お終いまで読んで確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

時代設定は文政七年の正月から始まっていて、文政六年にシーボルトがやってきたり、文政八年に異国船打払令がでたり、と対外的な出来事はあるが、飢饉とか天災の大きなものもなく、庶民の暮らし的には平穏であった頃である。なので、河豚料理やシャコを使った寿司料理など平和な気分のするもののほかにも、例えば「焼いた鯖の身をほぐし、刻んだ葱と混ぜ合わせる。それを醤油と味醂と酒で味付けし、油揚げに詰めて軽く炙」った「女狐巾着」といった変わった料理も登場してくるので、そこらも楽しんでください。

縁結び蕎麦 縄のれん福寿 (祥伝社文庫)
縁結び蕎麦 縄のれん福寿 (祥伝社文庫)

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