マラソン大会を開催した、お殿様の意図はどこに? ー 土橋章宏「幕末まらそん侍」

舞台となるのは、今の群馬県安中市を城下町としていた上野(こうずけ)国の「安中藩」。ここの五代目藩主である「板倉勝明」が、”鍛錬のため”と言う理由で、安中城から碓氷峠の上にある熊野神社まで、組をつくって遠足(今のマラソンですな)を命じたことから始まる、藩内のドタバタを描いたのが本書『土橋章宏「幕末まらそん侍」(時代小説文庫)』である。

この命令を下した「板倉勝明」というお殿様は名君であったらしく、藩内の学問奨励や杉の木の栽培などの改革をした人らしいですね。本書の物語にもととなったのは、彼が実際に藩士に命じた「安政遠足(あんせいとおあし)」がモチーフとなっていて、この安中市には「日本マラソン発祥の地」があって、毎年、仮装してマラソンする「安政遠足侍マラソン」が開催されているようですね。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 遠足
第二章 逢い引き
第三章 隠密
第四章 賭け
第五章 風車の槍

となっていて、この「遠足」が開催されたのは安政2年ということなので、安政5年に始まる「安政の大獄」や安政7年の「桜田門外の変」より数年前、黒船来航の1年後といったところで、時代がわさわさしながらも、まだ大動乱にはなっていないところですね。

物語は、殿様が急に命じた「遠足」で、藩内が動揺するいる中、城の勘定方を務める、黒木と片桐という若い侍二人が、殿様の次女・雪姫にいいところを見せようとして張り合うところからスタート。お姫様が気楽に御用部屋にやってくるあたりに、この安中板倉藩の自由さが伺えますね。話のほうは、なんとか黒木に勝っていいところを姫に見せたい片桐が、裏筋も含めてありとあらゆる手段を繰り広げるのだが、不運なことに見届人が・・、といった展開。

第二章は、江戸での剣術修行から藩に帰還した、藩内きっての剣の達人といわれる御刀番を務める石井正継という侍が主人公。彼は、江戸で修行中に攘夷派の侍と知り合いになって脱藩を企んだり、料理茶屋の看板娘と仲良くなったり、といったことから無理矢理に帰還させられたという経歴を持っている。そのこともあって、無茶をしないように、同し御刀番の幼馴染・香代を嫁にもらわされ身を固めたのだが、その妻の手料理がおそろしく「不味い」という境遇にある。そんな中、江戸で馴染みだった料理茶屋の娘・美鈴が安中の近くの宿場にやってきて、彼との復縁を言ってくるだが・・、という展開。捨てられそうになっている、「香代」におもわず同情してしまうのだが、思いもよらないドンデン返しが仕掛けられいるので用心してください。

第三章は、この安中藩に「草」として親子代々潜入している幕府の隠密・唐沢甚内が主人公。自分の隠密としての役目が幕府内で認識されているか疑いをもった彼は、このマラソンが藩主の乱心のせいだ、と幕府へ報告する。ところが、その報告をもとに、国目付が詳しく話を聞きたい、と言ってくる隠密らしき男が接近してくるのだが・・、といった展開。このへんで、板倉勝明が「遠足」を藩士に命じた理由がだんだんわかってきますね

第四章は、このマラソン参加者の藩士の中で一番速いと評判の「上杉広之進」という足軽が主人公。彼はこのマラソンで一番足が早いところを見せて殿様から褒美をもらって息子に自慢しようと思っているのだが、このマラソンを賭けとしている城下の町民たちからイカサマをするよう働きかけられたり、レーズでは身分の高い侍からの妨害工作も仕掛けられたりする。さて、広之進のレースの結果は如何に・・、という展開。

第五章は、槍の名手であった元勘定方・栗田又右衛門という老人と、彼のライバルであったこれまた槍の名人で御次番を務めていた福本勘兵衛絵の息子・伊助の二人が共同して「マラソン」に取り組む話。伊助は疱瘡で父を亡くした後、家督を継いでいる。しかし、生来身体が弱く、皆からバカにされがちなのを見返すためにマラソンに参加するというもの。又右衛門は伊助を鍛え、ともに山道を走るが、途中怪我をしてしまう。先へ行けという又右衛門に逆らい、伊助は彼とともに山道を登る。日は暮れてしまい、もうマラソンは終了しただろうと思ってながらゴールにたどり着いた二人を待っていたのは・・、という展開。ライバルの息子からライバルが自分への思いをきかされるあたりがちょっと感動的な仕上がりです。

【レビュアーから一言】

この安中藩はもともと彦根藩主であった井伊直継が病弱で戦の役に立たなかったので、幕命によって弟に彦根藩と井伊宗家を譲って移封されたのが始まりで、その後、水野家、堀田家と殿様が変わっているので典型的な、譜代大名の転勤地扱いだったと思います。

今は、横川駅で販売されて以来、絶大な人気を誇る、”おぎのや”さんの「峠の釜めし」が有名ですね。

幕末まらそん侍 (ハルキ文庫)
幕末まらそん侍 (ハルキ文庫)

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