若き江戸の「庭師」が、庭を使った悪事をぶっ潰す ー 朝井まかて「ちゃんちゃら」(講談社文庫)

「庭」っていうのは、はるか古代のバビロンの空中庭園あたりから歴史を刻んでいるらしく、日本でも7世紀あたりから仏教の須弥山を模した石を配置した庭がつくられていたのだが、本作の舞台となる江戸時代になると、将軍や大名を始めとする武家が、城や屋敷を築く際に、庭園内を回遊することができる「回遊式庭園」を盛んにつくるようになっていた時代である。

本作は、大名や有力武家、あるいは、裕福な商人たちが、贅をこらして庭を作っていた文化の時代、庭師「植辰」の若い職人「ちゃら」を主人公にした物語である。

「文化」といえば、この後の「文政」とあわせて「化政文化」と呼ばれる、浮世絵、川柳、歌舞伎など現代へつながるものが盛んになった町民文化が華やかな時代で、景気のよい町人が羽振りをきかす一方で、流行り病に苦しむ貧しい人も多数出ている、格差の大きい社会で、それは本作の主人公ちゃらの身の上にも現れている。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章 緑摘み
第一章 千両の庭
第二章 南蛮好みの庭
第三章 古里の庭
第四章 祈りの庭
第五章 名残の庭
終章 空仕事

となっていて、まずは主人公である「ちゃら」、彼の師匠の植辰の主人・辰蔵、その娘・百合、庭師の福助、穴太衆の末裔で石組みの玄林といった主なキャストが登場するところからスタート。ちなみに、「緑摘み」というのは4〜5月に行う作業で、梅雨に入るまでに、松の新芽を一つずつ摘んでおく作業で、これをやらないと夏になると脂がふいて芽を潰してしまうものらしい、「松の姿は新芽をどう摘んだかで、全く異なるものになる」らしく、本書中にはこんな「造園」のTipsがあちこちででてきます。

まず、第一章 千両の庭は、日本橋の薬屋・瑞賢堂の庭造り。ここの主人は、「恥掻く、義理欠く、礼を欠く」の「三かく」で有名な業突張りなのだが、世間に富を自慢するのと娘の眼病を治すために、金にいとめをつけずに「庭」をつくってくれという依頼を「植辰」が受ける話。ここの娘・留都に「ちゃら」が惚れて、彼女のために庭をデザインするあたりから、彼の才能が動き始めますね。さらに、この話で今巻で宿敵となる、「嵯峨流正法」が登場してきます。「嵯峨流」ってのは夢窓疎石というエラい禅僧を祖とする「築庭」の一派らしいですね。
で、「三かく」の瑞賢堂の注文らしく、出来上がってから、しっかりと値切ってくるのでだが、これをどう切り抜けるかは、原書で。

次の第二章の「南蛮好みの庭」では、「ちゃら」と「百合」の幼馴染の船頭の五郎太、小普請組の御家人・伊織が本格的に登場します。
庭づくりのほうは、料理屋のやり手の女将・お千の注文した、蘇鉄、棕櫚、芭蕉を配置した「南蛮好み」の庭づくりなのだが、ほとんど出来上がったところで、「嵯峨流正法」の家元・白楊が、この庭には「吉」が足りないとケチをつけ、吉を増やすには、羅漢槙を「龍樹」に仕立てないといけないと言ってくる。頭に血の上がった「ちゃら」は・・・、いう展開。

第三章の「古里の庭」では、嵯峨流正法の家元・白楊が「ちゃら」に自分の味方になれ、と誘ってくるのだが、これは、次話以降で、植辰の主人・辰蔵へ昔の恨みの仕返しをする仕掛けの一つですね。仕掛けは他にもあって、植辰が世話をしている家の庭の樹木が次々と枯れはじめ、植辰が苦境に陥っていきます。
庭造りのほうは、木場の材木商・大和屋の隠居の庭づくり。庭にある柿の木を活かして庭をつくるため、「ちゃら」は隠居夫婦の故郷・郡山の里山のイメージで作庭を始めるが、それは、なんと当時の庭の樹木としては下等とされていた藪手毬、山躑躅といった「雑木」をふんだんに使ったもので・・、という展開。さて、この新趣向が世間に受け入れられるかどうか、とうところなのだが、後の話でこれが活きてきますね。

第四章の「祈りの庭」では、頻発している武家の主人や大店の番頭たちの行方不明事件に、「嵯峨流正法」が絡んでいるのでは、という疑いを、御家人の伊織が持ち込んでくるところが発端。この疑惑を調べるため、伊織と、植辰の石組師・玄林が潜入捜査することになります。伊織の伯父は元奉行所の関係者なのだが、ここまで入れ込むのはなにか訳がありそうなのだが、種明かしは最終話あたりで。
庭造りのほうは、貧乏人への配食や、流行病の病人の受け入れと治療を、自費でやっている、妙青尼の月光寺の庭造り。これには、流行病の薬を高く釣り上げたため、打ちこわしにあった瑞賢堂の娘・留都を慰めたり、月光寺で世話になりながら、鬱屈をためている人々の生計の手段をつくる、とかいろんな動機が込められてます。
そして、この庭造りを阻止しようとする「嵯峨流正法」の家元と信者、支援者たちの行動を、第三章ででてきた「大和屋」の若主人がストップするのだが、なぜそんな行動に・・、というところは本書で。

第五章の「名残の庭」では、「嵯峨流正法」の家元・白楊の本当の企みが明らかになるとともに、白楊と植辰の主人・辰蔵との関係も明らかになります。
そして、白楊の企みを阻止するため、その本拠地に忍び込んだ「ちゃら」は・・、といった展開なのだが、ネタバレはここまで、後は原書でドキドキしながら読んでくださいな。

【レビュアーから一言】

「庭師」や「庭造り」の話というと、「茶道」「華道」といった伝統芸能の話と同じく、どこか説教くさいとのでは、という先入観をもってしまうのだが、本書は、孤児で喧嘩っ早い「ちゃら」というキャストを配置し、「庭」を媒介とした依頼主の人間関係を描くことによって、上質の「人情話」に仕上げている。
さらに、「嵯峨流正法」の家元の厭味ったらしいところ、「ちゃら」の無鉄砲さが合わさって、賑やかな「時代小説」でもある。
あまりお目にかからない「庭」の雑知識を片目にしながら、お楽しみを。

ちゃんちゃら (講談社文庫)
ちゃんちゃら (講談社文庫)

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