お妙と只次郎の仲は足踏み状態。そこに三河屋の娘が横入りする ー 坂井希久子「ふうふうつみれ鍋 居酒屋ぜんや 7」(時代小説文庫)

神田花房町にある美人女将・お妙が営む居酒屋・ぜん屋を舞台に、常連の旗本の次男坊で鶯飼育の名手・林只次郎、お妙の姉で口の悪いお勝、そして常連の大店の店主たちによって展開される江戸人情話「居酒屋ぜん屋」シリーズの第7巻である。

前巻でお妙の亡き亭主・善助の死が事故死ではなく「殺し」で、その犯人の近江屋のしっぽをつかんだのだが、その背後に幕府の大物がからんでいることがわかり、彼の命を助けるかわりに月に1回、ぜん屋で食事をする罰を与えてから2月ほど経った、寛政五年の弥生(三月)から本巻の物語が始まる。

【収録と注目ポイント】

収録は

「春告げ鳥」
「授かりもの」
「半夏生」
「遠雷」
「秋の風」

となっていて、最初の「春告け鳥」は、只次郎の愛鳥で鶯の亡き合わせで首席をとっている名鶯「ルリオ」の子鶯の飼い主探しの話。

「ルリオ」の子鶯のオスは三羽いるのだが、いずれも「鶯の鳴きあわせ」で一位から三位までを独占した鶯である。このうち一羽を「ルリオ」の後継に、一羽を勘定奉行・久世丹後守の用人・柏木に譲った後の最後の一羽の飼い主を、ぜん屋の常連たちによる「話し合い」で決めようという話である。
もちろん、話し合いといっても、全員が自分が飼い主になりたいと思っているのだから、そこは激しいアピール合戦になるのは間違いないところである。で、この勝者となったのは意外な伏兵なのだが、どうやら陰に「俵屋」がいるようで・・、といったところですが、誰が飼い主になるかは原書で確認を。

二話の「授かりもの」は、ぜん屋の常連の一人で元落語家で酒問屋の升河屋の一人息子・千寿の食の細いのを、お妙の知恵と工夫で解決する話。もっとも、解決すべき本筋は、千寿の食の細いのが原因で、升川屋とお志乃の夫婦仲がギクシャクしていること。まあ、このギクシャクの本体は犬も食わない○○でありますね。
注目しておきたいのは、千寿と升川屋夫婦のためにつくる料理で

お妙は急ぎ調理場に戻り、小鍋に取り分けておいた出汁を沸かす。鮎並の中骨から取った出汁である。
そこに塩をひとつまみ。いったん火から下ろし、卵黄と練り胡麻を溶かし入れる。それをもう一度火にかけて、橘り潰して裏漉ししておいた小松菜を加えた。さらに手早く葛を引き、小松莱のすり流しの出来上がり。
椀にはあらかじめ、葛粉をまぶしてさつと茄でておいた鮎並と、細く切った糸人参を盛りつけてある。その椀種にそつとすり流しを張り、大人が食べるものには黒胡椒をぱらりと振りかける。
鮎並の葛叩きである。

といった逸品が数々出てくるので、文字面からでも味わってくださいな。

三話目の「半夏生」では、第一話で、只次郎が「ルリオ」の子鶯の一羽を勘定奉行の用人・柏木に譲った仕掛けがうまくいく。それは、只次郎が可愛がっている兄の娘・お栄の出世に関わることであるのだが、詳細は原書で。
話の本筋は、以前に大当たりをとった、山王祭りの白玉販売、節分のけんちん汁販売に続いて、半夏生の客寄せとして「白瓜の冷汁」を売るという企画を只次郎が考案する話。こうした商売ネタのアイデアでは優れたアイデアマンである只次郎の目論見は見事成功するのだが、これがきっかけで、以前、男に騙されて駆け落ちするところ救ったせいで惚れられしまった、常連の三河屋の娘・お浜に見つかってしまう話。只次郎は武家なので三河屋が嫌がると思いきや、三河屋も乗り気になってといったところで話が変な方向へ進んでいきますね。

四話目の「遠雷」は、ぜん屋でいつも大飯をくう、裏長屋に住む「おえん」が身ごもる話。いままでなかなか子供が授からなかったので目出度い、目出度いというわけなのだが、「おえん」によると、亭主が浮気をしているらしい、とのこと。その理由は、最近帰りが遅い上に、帰ってくる方角が違う。そして、今の仕事先の人形町と離れた「押上」でその姿を見た、ということであるらい。亭主はおえんにぞっこんのはずなので、そんなはずはないのだが・・・、という展開。ネタバレを少しすれば、安産祈願ではあるのだが、なぜ「押上」なのか、といったのはかなり江戸の事情に詳しくないとわからないですね。

最終話の「秋の風」では、三河屋のお浜に言い寄られる上に、父親の三河屋から、出店として用意した物件を見せられたりして、只次郎が商売への意欲をかきたてられ、お妙との恋心の間で悩みに悩む話。そして、お妙はお妙で・・・といった展開。ところが、只次郎を散々悩ませた、お浜は一転して、といった筋立てで、只次郎のぜん屋への居候とお妙との進展しそうで進展しない恋バナはさらに続いていくことになりますね。あれほど只次郎が好きだったお浜に何が起きたかは原書のほうでどうぞ。

【レビュアーから一言】

最終話のところで、お妙の亡亭主・善助を殺した近江屋の黒幕と思われていた、松平定信が失脚します。失脚の原因は、当時の天皇であった光格天皇が父親に「太上天皇」の称号を贈ろうとして定信が反対して、幕府と朝廷との対立を招いた事件が原因のようですが、定信は海防の視察で出張中に解任されるという不意打ちの解任劇で、なにやらうごめくものを感じます。これで、一連の善助殺しも一件落着かとおもいきや、近江屋の黒幕は松平定信ではない、ということが判明する。では、誰が黒幕?、ということで次巻以降に続くのですが、当方の予想は、徳川家斉治世の後期に権勢をふるい、空前の「賄賂政治」の主であった牧野忠成あたりでは、と思うのですがいかがでしょうか。

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