江戸・神田相生町の女性「上絵師」の活躍と恋バナが始まる ー 知野みさき「落ちぬ椿」ネタバレあり

時は徳川十二代将軍・徳川家慶の頃、江戸の神田相生町に住む、女性の上絵師・律を主人公にして、彼女の絵師としての成長と、彼女が描く「似面絵」(似顔絵)を手がかりに、幼馴染の葉茶屋の跡取り息子・涼太とともに、もちこまれる様々な事件を解決していく「上絵師 律」シリーズの第一巻が本巻『知野みさき「落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖」(光文社文庫)』である。
「上絵師」というのは、着物に花や鳥、紋様、家紋など、様々な絵を入れる仕事で、当方が最初思い浮かべた、陶磁器の上絵下絵の方とは違っておりました。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 落ちぬ椿
第二章 母の思い出
第三章 絵師の恋
第四章 春暁の仇討ち

となっていて、まず第一章の「落ちぬ椿」はこのシリーズのスタートとあって、メインキャストの「律」、幼馴染の「涼太」「香」が、彼らが幼い頃通っていた寺子屋の師匠・今井の長屋で「お茶」をごちそうになる場面から。「涼太」の生家である葉茶屋の青陽堂は、茶葉を売る大店で、彼はそこの跡取り息子で、今は「手代」として家業の見習い中。涼太の妹・香はすでに銀座の薬種問屋・伏野屋に嫁いでいる。そして「律」のほうは、弟・慶太郎と二人暮らしで、母親・美和は5年前で辻斬りにあって亡くなり、その時に怪我をした上絵師をしていた父親・伊三郎も最近亡くなった、という設定です。

律は父親の手伝いで、上絵描きをしていたのだが、腕のほうはまだまだで、父親が亡くなってから上絵の仕事を請けるため、情はあるが仕事には超厳しい呉服屋・池見屋の女将「お類」の指導を受けながら修行し、腕を磨いていくのだっが、本巻では、ひよっこもひよっこの腕前の段階です。
そのため、なかなか注文が取れずに生活費も乏しくなっているところを、涼太の店の得意客の南町奉行所の同心・広瀬保次郎が、律が人物絵がうまかったことを見込んで、事件の犯人の似顔絵を依頼してくる。もちろん、これによって「律」に報酬を定期的に支払って生活を助けようということですね。

第一話の事件は、浅草の近くで旅人が、匕首で襲われ財布をとられたものを目撃していた浅草の料亭・尾上の娘・綾乃の目撃情報でこしらえた似顔絵で犯人を捕まえるのですが、犯人探しには、涼太の活躍が光ってます。

第二話の「母の思い出」は、帰ってこない母親を探す、弥吉と清の兄妹窮状をみかねて、律の弟・慶太郎が連れ帰ってくるところから始まる。二人の母親・奈美はかなり男グセの悪い女で、なんども男と駆け落ちを繰り返した上に、借金も重ねていて、たった一人残った肉親の妹も絶縁を言い渡している、という状態。奈美が、何日も帰ってこない状況を見かねて、長屋の大家が、弥吉の奉公先と清の養子縁組先を見つけてくる。あと七日間の間に、母親の奈美が帰ってこないと兄妹が別れ別れになってしまうという状況を見て、律が奈美の似顔絵を書き。涼太と一緒に捜索を開始するのだが・・・、という展開。
大概であれば、ここで改心した母親が、といったことも期待するのだが、そうはならないのが厳しいところ。しかも、すでに母親は男と・・といった真相は原書で。弥吉と清の健気さが泣かせます。

第三話の「絵師の恋」は昔、神田に住んでいて、今井の寺子屋に通っていた、経師屋の忠次の恋バナ。忠次は、実の親によって人買いに売り飛ばされ、神奈川宿で賭場でごろつき暮らしをしていたところを、腕のいい経師屋・三弥に絵の腕を見いだされ、その弟子となったという生い立ち。今回は、彼の描いた襖絵が評判になり、江戸の富商に呼ばれて、襖絵を書くという筋立てである。で、彼が荒んだ暮らしの中で、心の支えにしていたのが、寺子屋で一緒だった「お静」という女性。ひょんなことから、お静が、今は彼女の遠い親戚で、因業・強欲と評判の悪い塩問屋・田島屋で厄介になっていることを知る。
彼女はその塩問屋の女主人・八重によってタダ働きでこき使われている上に、日々いじめられているという状態。その苦境を救おうとするが、女主人の八重は、彼女の父親の薬代とかで立て替えた「十両」を返さないと承知しないと言い立てて・・・、という展開。
この解放劇には、池見屋の女将・類が、素晴らしい「侠気」を見せますね。ここらへんは「スッキリ」すること請け合いです。

第四話は、律の描いた似顔絵が、父の仇をうつために5年間、仇を探している越前福井藩士の多田の仇討ちを成就させる話。多田の仇討ちの話に触発されて、律も母親を殺した辻辻斬りを探すことを決意するのですが、これは幼い頃から慕う「涼太」と一緒になることを諦めることにつながるかもしれないのですが、さてどうなるかは次巻以降のお楽しみ。
本話の中で、今までその腕を認めてこなかった、涼太の母親で青陽堂を仕切っている「佐和」が「律」の腕を評価して「前掛け」を注文するところには「よしっ」と思わず「律」にエールをおくってしまいますので、ぜひ原書で。

【レビュアーから一言】

「絵」という動かないもので、しかもまだ未熟な職人が主人公であるので、派手な部隊展開はないが、市井に暮らす職人の姿と、若い男女の静かな恋バナが好ましい物語に仕上がっています。さらには、律の修行生活の中で、キラッと光るシーンがあって、例えば、第一話で、律が、池見屋の女将・類の腕試しの試験で、椿の上絵をもってきたとき、なんとか類の合格点をもらった後

一礼して手代が去った後、ぞんざいに風呂敷包みを差出しながら類は言った・
「私は嫌いじゃないけどね。
「えっ」
「この椿さ。こんなに寒そうなのに、花を落とさず上を向いてる」
腕試しの布を引き寄せながら、類はにやりとして律を見つめた。
「愛らしいだけの花なんか、つまんないからね」

てあたりには、「律」の肩を叩いて褒めてやりたい気持ちになってくるので、そんなシーンを探して読むのもよいのではないでしょうか。

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