日本橋の菓子屋を舞台に「小萩」の職人修業が始まる ー 中島久枝「いつかの花」

中島久枝

最近はパティシエ、シェフ・ブームとあって、時代小説のほうも、居酒屋であったり、料理屋であったり、さらには本書のような菓子舗を舞台にしたものも多いのだが、だいたいは主人公が本人も気付いていなかった才能が開花し、ってな即座の成り上がり的なストーリーが多い。
本書の場合は、鎌倉の海辺の村の女の子で、江戸の菓子屋に奉公したいと思ったのが、知り合いが江戸の菊の姿の菓子をもってきてくれたのを食べたのがきっかけという設定であるので、成り上がり的な菓子職人物語は、まだ期待できないが、主人公の田舎出らしい素朴さにほっこりしてしまう時代小説が『中島久枝「いつかの花 日本橋牡丹堂 菓子ばなし1」(KOBUSHA BUNKO)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

春 桜餅は芝居小屋で
夏 江戸の花火と水羊羹
秋 おはぎ、甘いか、しょっぱいか
冬 京と江戸 菓子対決

となっていて、最初のほうに書いたような設定であるので、豆大福餅に詰めるための「あん玉」を握っている手から落としてしまったり、「これ、大きい。なんで図りを使っているのに、こうなるかなぁ」といった具合で大きさが不揃いになったり、と「不器用さ」をしっかり発揮するところがスタートである。

時代は嘉永二年とあるので、ペリーが浦賀に来港したり、将軍・家慶が突然死去する4年前なので、世情的には落ち着いていることでしょうか。舞台は日本橋浮世小路の菓子屋「二十一屋」で、メインキャストは先述のとおり、鎌倉から出てきて職人修業をしている「小萩」という十六歳の女の子。職人修業とはいっても、両親に頼み込んで「1年限り」という約束で江戸の出させてもらっているので、「限定修行」といったところである。

本書はそんな小萩の1年間の生活が描かれるのだが、第一話の「春 桜餅は芝居小屋で」は、二十一屋の馴染客・川上屋の嫁姑の対立がメイン。川上屋では今まで、大女将の冨江が仕切っていたのだが、嫁にきたお景が木綿の着物を仕立てて売り出したのだが、自らモデルになって宣伝したのが功を奏して大人気に。しかし、この大人気で店の実権がだんだんと嫁のお景に移っていく。当然、姑の冨江は面白くなくて・・・、という展開。ちょっとネタバレすると、商売繁盛しても図に乗ってはいけませんね、というところですね。

第二話の「夏 江戸の花火と水羊羹」は、小萩の奉公している菓子屋・二十一屋の跡継ぎ・幹太の話。彼は二十一屋を継ぐと皆から思われているのだが、実は母親が菓子屋の調理場で倒れたことがトラウマになっていて、菓子屋を継ぐことに躊躇っている。そんな彼は、花火を拵えることを企んで準備を始めるのだが・・というのが本筋のところ。この青春の悩みとでもいえるものには、年の功ということで、彼の祖父で二十一屋の元主人・弥兵衛のアドバイスが粋ですね。
なお、副筋の話として、江戸の粋人たちの集まる茶席で、二十一屋が皆を唸らせる「新作菓子」をつくれるかどうか、ってのも展開していきます。

第三話の「おはぎ、甘いか、しょっぱいか」は、小萩の母親・お時が父親と喧嘩して江戸へ家出してきて、二十一屋でしばらく暮らすことになります。その間に、二十一屋の若手職人・伊佐が、二十一屋の商売敵である、京菓子の「東野若紫」に引っこ抜かれるという騒動がおきます。どうやら、伊佐が幼い頃に彼を捨てた母親がからんでいるようなのだが・・・、という設定。伊佐の引き抜き騒ぎを解決するのは、二十一屋の主人・徹次なのですが、端々でお時のからっと明るい行動が、二十一屋の皆を元気づけますね。

第四話は、今巻の最終話。小萩の修行生活もあと僅かとなっています。ここで起きたのが、第二話ででてきた茶人たちが、江戸と京都の菓子の優劣を決めようという催し。もともとは吉原の花魁をどちらがものにするかの争いで、こういうとばっちりを請ける「菓子」のほうもたまったものではないですね。ただ、この催しの「上生菓子」を作る役を、二十一屋がやることになるので、他人事とはいってられなくなります。しかも、相手は因縁のライバル「東野若紫」。しかも、「東野若紫」は頼りない今の経営者ではなく、京都の本店から腕利きの主人と本店の職人が乗り出してくるという万全の態勢である。
さて、この勝負の結末は、という展開ですね。
少しネタバレすると、ここで主人公の店がなんと・・、とならないのが現実味がありますね。

【レビュアーから一言】

こうした菓子屋などの食べ物屋がでてくる小説の読みどころは、出てくる料理や菓子の見事さで、この話では、最後の話の「菓子勝負」のところがその真骨頂で、例えば、干菓子対決で、関西の「二条樫屋」の出すお菓子は

桜の花と葉の美しい飴細工を出してきた。指の先ほどの小さなものだが、桜の花びらの小さな切れ込みや、細いしべの様子も再現されているという。一人の茶人が手に持って光にかざすと、透明な飴は光を通し、畳に小さな虹が出来た。口に含んで、カラカラと転がし、甘さを楽しんでいる者もいる

といった具合です。このほかにどんな和菓子がでてくるのかは、原書で確認してくださいな。

いつかの花: 日本橋牡丹堂 菓子ばなし (光文社時代小説文庫)
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