大店の経営の危機は、二人の中を引き裂くか? ー 知野みさき「巡る桜 上絵師 律の似面絵帖」

江戸の神田相生町に住む、女性の上絵師・律を主人公に、彼女が描く「似面絵」(似顔絵)による事件や揉め事解決と、幼馴染の葉茶屋の跡取り息子・涼太との恋バナと絵師修行の姿が描かれる「上絵師 律」シリーズの第四巻が『知野みさき「巡る桜 上絵師 律の似面絵帖 3」(光文社文庫)』。

前巻で着物の上絵をてがけたもののまだまだ一人前の絵師には程遠く、注文主の呉服屋・池見屋の女将の皮肉は続くし、幼馴染の涼太との恋バナは、涼太の母親が反対気味という八方塞がりの中での第四巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 混ぜ物騒ぎ
第二章 父二人
第三章 春愁
第四章 巡る桜

となっていて、第一章の「混ぜ物騒ぎ」は、「律」は前巻で、池見屋の女将の妹・千恵の椿の上絵を引き受けたために、主な収入源の「巾着絵」の出来がイマイチになって、注文を減らされた上に、ライバル絵師が登場するし、「涼太」のほうは、生家の茶葉屋・青陽堂が得意客に売った商品からいくつも、古い茶葉が混じったものが見つかったという、二人ともかなりのアゲインストの状態から幕開け。

ここに律と涼太の手習いの師匠・今井の古い知り合いの侍・古谷がやってきて、14年前のまだ若い頃、恋仲であったのだが、親兄弟・藩の上役の反対にあって、泣く泣く別れた町娘を探したいので似面絵を描いてくれという頼みがくるのだが、これはこの巻の最後のほうで効いてくる仕掛けなので、はじめのうちはスルーしておきましょう。
第一章の主眼は、青陽堂の茶葉に混ぜものをした犯人探しなのだが、ここらは「内部の者の犯行」に間違いないのだが、母親が癌で余命いくばくもない丁稚の六平太の疑いが晴れるかどうか、といったところが肝ですね。

第二章の「父二人」では、涼太に縁組が2つやってきます。一つは第一章の古い茶葉混入の黒幕と思われる商売敵の茶葉屋・玄昭堂の縁戚の茶問屋の娘、もうひとつは、第一巻から涼太に惚れている、浅草の大料亭・尾上の綾乃。青陽堂は、せんだっての混ぜもの茶葉騒ぎで馴染客を減らしていて、経営が苦しくなりつつあるので、ここで縁組によって青陽堂を傘下にしようという思惑は、現代の企業戦略にも通じる話ですね。ここで、涼太の態度が煮え切らないので問題を先延ばしにしますね。
話の本筋は、第一巻で、律と弟・慶太郎が命を助けた「弥吉」の話。彼は今、長谷屋という海苔屋に奉公していて、律が似面絵のお得意の火盗改の配下の太郎と、盗賊の女の捜査をしている時に偶然再会する。その彼の奉公先の店を不審な男が見張っているのを見つけるのだが・・、といった筋立て。ネタバレすると、弥吉の妹・清が養女に行った先の父親と、弥吉の奉公先の長谷谷の主人による、弥吉を巡っての人情話にほろりとしてください。

第三章の「春愁」では、律にも運が巡ってきたのか、「着物に上絵」の注文が入ります。ただ、十日で仕上げてくれという急ぎの仕事の上に、できるだけ安く、いいものを、という注文で、なかなかに一筋縄ではいきません。おまけに、涼太の縁談の話でうじうじ悩んで、という律の性格のよくないところがでてきますね。
ここで、茶葉に混ぜものをした下手人と疑われていた六平太の母親の病状が悪くなるのですが、六平太の父親が実は侍で、十数年前の別れた、ということがわかります。ひょっとすると、第一章の古屋の探している女性が六平太の母親では、と急展開していきます。

第四章は、古谷の探し人が六平太の母親だったのか、という謎と、涼太の2つの縁談の結末が明らかになる筋立て。察しがつくところもあるとは思うのだが、ここはメインなので、原書のほうでご確認を。
レビューしておきたいのは、律が依頼を受けた「桜の上絵」のほうで、デザインも染めもうまいこといっていたのだが、最後のところで染料を入れた小皿を落としてしまい、染みをつくってしまいます。なんとかしみ抜きをして、そこの部分の書き直しをして、池見屋に納めたのだが、失敗した着物を納入したことに気が晴れない律は、池見屋に、やり直しをしたいと申し出るのだが・・、といった展開。律の絵師としての「プライド」が試されるところですね。

【レビュアーから一言】

今巻では、青陽堂の経営を危うくするのが、古い茶葉の混ぜものなのですが、その犯人の手代の動機が

番頭の勘兵衛が暖簾分けされ、涼太が主になれば己が番頭に出生できると考えていたが、勘兵衛は居座り続けているし、(女主人の)佐和もなかなか隠居しないので業を煮やしていたという

ということで、どうやら適切な世代交代がなされなかったことが原因のようです。組織の頃良い新陳代謝が必要というのは、古今を問わず必要なことであるようですね。

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