江戸城無血開城のとき、大奥は ー 朝井まかて「残り者」

歴史の視方というものは、どうしても勝者側から見たものが中心となるもので、それは「幕末」でも同じで、薩長側、倒幕の浪士側から描かれたものが多く、幕府側から描かれるのは、新政府に悲劇的な敗北をした「会津」であるとか「長岡」といった佐幕の諸藩のものや新選組について描いたものがほとんどであろう。

そういう描かれることが少ないが、幕末の大きな転換場面である「江戸城明け渡し」について、「大奥」で奉公していた四人の奥女中の彼女なりの「明け渡し」の姿を描いたのが、本書『朝井まかて「残り者」(双葉文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

一 呉服之間の「りつ」
二 御膳所の「お蛸」
三 御三之間の「ちか」
四 御中臈の「ふき」と、呉服之間の「もみぢ」
五 御針競べ

となっていて、この江戸城明け渡しでは、天璋院が大奥の御座の間、御休息所などをキレイに飾り付けて退去した、というエピソードがあるのだが(その理由については、官軍側に徳川の威光をみせつけようとしたとかいろんな説があるようですが)、本巻では、まず、三日という短い期限を切った退去の指示に、私物をできるだけたくさん持ち出そうとする奥女中たちで大混乱になっているところからスタートする。

まず最初に主人公となるのは、「呉服之間」に勤めていた「りつ」という貧乏旗本出身で、実家はすでに離散状態のため、どこに帰っていいか決めかねている天璋院の呉服之間勤めの奥女中である。そんな彼女が、江戸城が官軍に引き渡される前日、針の始末をしたかどうか突然気になって、城内に留まってしまう。もちろん、本当に針の始末ができていないといったことはないのだが、新しい環境に向かって行っていいのか戸惑う心の揺れが表現されていますね。

そして、そんな彼女が、「サト姫」さまという天璋院が可愛がっていた猫を探している「お蛸」という御膳所の女中、町方の大店出身で、大奥の「表使い」までの出世を望んでいた「おちか」という奥女中、そのきっぷの良さと凛とした美しさで、奥女中間でも人気の高かった「ふき」という御中臈、さらには、和宮の呉服の間に奉公していた「もみぢ」というお針子に次々と出会い、皆で、江戸城受け渡しの時を待つ、という筋立てである。

この時間の経過の中で語られるのは、

・薩摩から輿入れして、当時の大奥の女性たちから疎まれながら、根を張り、将軍家を支えた天璋院
・天皇の妹という身分で将来を誓った男性がいながら、江戸の将軍家に嫁に行かされ、武家の暮らしを嫌がりながら、幕府敗北後は徳川家の存続に努力する和宮

といった、幕府の崩壊をくい止める「肝」もなかった男性たちに対して、盾となって徳川家を守ろうとした女性の姿であり、貧乏旗本、大百姓、江戸市中の大店、大身の旗本、京都の貧乏町人といった様々な境遇から「江戸城大奥」へ様々な思いを抱えて奉公した女性たちの「江戸時代」が突然に幕を閉じていく姿で、幕末の京都や鳥羽伏見、会津、函館といったところを舞台にして描かれる「江戸幕府の瓦解」の姿とは違った様相が描かれている。
そこには動乱による血生臭さはなく、むしろ、香を焚き詰める中、ゆっくりと「終わり」を迎える「江戸」の姿を味わえます。

【レビュアーからひと言】

天璋院こと篤姫は、徳川幕府瓦解後も、幕臣や大奥の女中の行く末を案じて、あれこれを世話を焼いていて、このあたりが、駿府で幕臣の窮乏を見ながら、颯爽と自転車を乗り回していた徳川慶喜の「貴人」ぶりと対比して語られるのだが、この物語でも、その天璋院の人情深さが活かされて、5人の大奥女中たちは明治になっても、それぞれの暮らしをしっかりと立てている。武家の商法のように零落する武士たちのなかで、彼女たちが明治維新で生き抜いた姿は、本書の最後のところで。

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