「亭主、元気で留守がいい」は定年後も同じこと ー 阿川佐和子・大塚宣夫「看る力 アガワ流介護入門」

この本の筆者・阿川佐和子さんは、お父さん・阿川弘之さんが入院して亡くなるまで、献身的に介護をした、ということで有名なのだが、阿川弘之氏といえば、まったく面識のない人でも、佐和子さんのテレビ番組での発言や著書などで、とても厳しくて、怒りっぽいというイメージの男性。 そんなイメージの人が亡くなるまでの介護は、かなり厳しいことや腹の立つこともあったのだろうな、と予測したのだが、そんなところはみじんも感じさせない、「介護」についての「明るい」「正直」な対談集になっているのが本書『阿川佐和子・大塚宣夫「看る力 アガワ流介護入門」(文春新書)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

Ⅰ 看る力・家族編 1 好物は喉につまらない 2 医者より介護、介護より生活 3 赤ちゃん言葉は使わない 4 バカにしない、怒らない、とがめない 5 介護は長期戦と心得よ 6 後ろめたさを持つ 7 イライラしたら笑っちゃおう 8 介護にトラブルはつきもの 9 認知症でも一人暮らしを 10 孤独死で何が悪い 11 施設に預けるのは親不孝ではない 12 愛情だけではうまくいかない 13 必要とされる状況をつくる 14 認知症の早期診断は家族のため 15 介護される立場で考える 16 名医の条件 Ⅱ 看る力・夫婦編 17 認知症の診察は夫婦一緒に 18 定年後の夫は新入社員と思え 19 一人暮らしのススメ 20 夫源病にご用心 21 恋は長寿の万能薬 22 名刺をつくる Ⅲ 看られる覚悟ーあなたが高齢者になったら 23 七十五歳が節目 24 老人に過労死なし 25 なぜ老人はいつも不機嫌なのか 26 不良老人になろう 27 老後の沙汰こそ金次第 28 家族にこそ介護費用を払う 29 自分が望む最期は手に入るのか 30 そこで働く人を見て施設を選ぶ あとがきにかえてー自分ならどうして欲しいか

となっていて、基本の仕立ては、阿川佐和子さんと阿川弘之さんの入院していた老人病院の院長であるよみうりランド慶友病院の大塚宣夫さんの老人介護についての対談集。

で、その対談内容は、「聞く力」「叱られる力」などでご存じのような阿川佐和子さんのインタビューの力と正直なしゃべりと、入院中の患者の生きる意欲を大事していて、美食家の阿川弘之氏認定の美味い病院食や、場合によっては晩酌もOKという型破りの病院の院長さんとの、歯に衣を着せない対談なので、面白くないわけがない。

それは例えば、

一人、あるいは高齢者同士の暮らしは、少々体調が悪くても自分で動かなければいけなくて、緊張感があります。一見苛酷に思えますが、老化防止や認知症の進行を防ぐ特効薬でもあるんです

といったところや

大塚)一人暮らしをしていて最終的に、誰も知らない間に亡くなったとします。それを世の中では「孤独死」なんてマイナスイメージで言いたてますよね。だけど私は、「孤独死で何が悪い」って思っています。人のいるところでなきゃ、死んではいけないのかと。阿川)猫は人が見てないところで命を終えるといいますよね。死期を悟ったら、自ら死に場所を探していなくなると。人間は社会と科学と医療の力で、一人で死なせてもらえない世の中になったんですね。のたれ死ぬことができなくなっちゃった。

といった感じで、世間で高齢者問題を語る際の「当たり前」と思われていることにも遠慮なく、疑問をなげかけているところにも現れている。

さらには、大塚院長のいう

いまだに介護の仕事は「その気さえあれば誰でも簡単にできる」「素人が見よう見まねで、気持ちさえあればできる」みたいな感覚がありますね。結果としてまだまだ世間の評価が低い。そういう世間の意識を変えていかないといけない。それが私の役目です。プロの立場からすると、体を起こす、位置を変える、食事の介助、排泄の世話・・・簡単そうに見えてすべてにコツがあるんです

といったところは、やはり介護の世界に長年関わってきたお医者さんの言葉として、重みが違うのを実感する。たしかにこのへんの「介護」に対する認識の軽さ、というのがよくいう「介護は3K職場で賃金も安い」といった現象の根幹であるような気がします。

さらには、定年後の男性に対しての

大塚)私はね、老後を誤らないための心構えとして、「留守番のできる男になる」ことが、非常に大事だと思います。阿川)何歳くらいの男性が対象ですか?大塚)まずは定年退職後の男性です。第一線で働いていた人が定年退職で仕事がなくなって会社に行かなくなり、自由時間が一気に増える。すると、初めのうちはいいのですが、三ヵ月、半年と時間の経過とともに元気がなくなりますよね。何歳であっても「役に立っている」という実感がなくなると、輝きとハリがなくなりますから、見るとすぐわかります。

といったアドバイスは、当方としても他人事ではないですね。 このほか、「介護には、愛情さえあれば家族がいちばんうまくやれる、という大きな誤解がある。あれはとんでもない考えちがい」や認知症にまつわる様々なTips、あるいは「高齢者の最終目標は、一人人暮らし」といった話など、老後の人生の過ごし方だけでなく、話のネタになりそうな話題が満載なので、介護が差し迫った人だけでなく、まだ若い人たちにも一読をおススメする本ですね。

【レビュアーからひと言】

欧米人と日本人の介護の比較の話の中での

民族性の問題なのかもしれませんが、日本人は孤独に耐えられない。外部の人が来て面倒を見てくれても、一日のうちせいぜい三、四時間で、そのほかの時間は一人でぽつんとしてるわけですよ。仮に寝たきりになっても、おむつ交換や食事の介助をしてくれるとはいえ、そのほかは一人でいる。それが寂しいんですね。日本人はやっぱり人の顔が見えるというか、人の気配がするところでなければ暮らせないと思います。

というところは、介護事情の違いに加えて、それぞれの精神性の違いを教えてくれていて興味深い。高齢者問題というのは、最終的には老人一人ひとりの満足度につながる話でもあり、こうした日本人の精神性や文化的な特徴を踏まえて、施設福祉や介護の話を語らないといけないのかもしれないですね。

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