日本人のソウルフード「定食」を極めよう ー 今柊二「定食学入門」

「定食」のことを語らせたら、この人の右にでる人はいない、と言っていい、「定食学の権威」今柊二さんによる「定食」を極めるための入門の書が『今柊二「定食学入門」(ちくま新書)』。
出版されたのが2010年なので、店の情報が古くなっているところはあるが、本書の冒頭の

21世紀の現在。かつて以上に、必要不可欠な存在として、定食の重要性はましている。不景気が長引くいま、家計の緊縮財政に悩んでいるご同輩は多いだろうが、安くてうまくて栄養バランスのいい定食は、我らの強い味方なのである。

という「定食の価値」は、好景気が継続と言われていても個人の暮らしでは実感の薄い2020年現在でも変わっていないのは間違いない。

【構成と注目ポイント】

構成は

第1章 素晴らしい定食屋に行こう
第2章 揺れる男心が決断する「おかず」
第3章 独身男のライフライン発展史
第4章 全国の「心の基地」を訪ねて
第5章 定食学徒誕生の記

となっていて、まず第1章は筆者の定食についての「熱意」が語られる助走の部分。第2章で、だんだんとスピードに乗ってきて、「定食」のおかずについての「あれこれ」が語られる。
とりあげる「おかず」は焼き魚、煮魚、刺身、寿司、シラス、魚卵、鯨カツ、ウナギ、天ぷら、煮物、野菜炒め、焼肉、ショウガ焼き、ビフテキとポークソテー、鉄板プレー ト、すき焼き、トンカツ、か唐揚げ・焼き鳥、玉子料理、豆腐、フライもの、ハンバーグなどなど、およそ定食で出されるおかずのほとんどを網羅して、店の紹介に加えて、定食として出されるようになった経緯など、薀蓄が語られる。

たとえば「鳥の唐揚げ」が鳥肉を使った定食の主流になったのは

1980 年代以降は「かまどや」などテイクアウトの弁当チェーンで、唐揚げ弁当が定番メニューになっていたことが影響してるだろう。ちなみに、かまどやの大きな功績の一つに、宮崎の郷土料理「チキン南蛮」を世に広めたこともある

といった考察や

ハンバーグが広く浸透していく上で、マルシンフーズの「マルシンのハンバーグ」と石井食品によるイシイの調理済みハンバーグが果たした役割が大きい

といった話など、同時代を経験した人なら、「おお、なるほどね」となんとなく共感してしまう話も多いだろう。こうした薀蓄もさることながら、自分の食したことのある定食のあれこれの記憶がよみがえってくるのが楽しい。

第3章は「定食」の社会史とでも言うべき章。定食の始まりから今にいたるまでの歴史が語られる。江戸期の茶漬けからデパートの食堂、ファミレスまで、定食の歴史を俯瞰するといっていい。
この中では、軍隊が定食隆盛に果たした役割だとか、明治の東京の貧困地域で売られていたという「残飯飯」や江戸情緒あふれる「深川飯」「馬肉飯」の話や戦後闇市の「残飯シチュー」とかおもわず身を乗り出したり、引いてしまったりする話があるのだが、まあ、その 詳細は本書でご確認を。

こうした薀蓄の後、日本各地の定食めぐりともいうべきなのが第4章。
とりあげる地は、北は札幌・仙台から南は沖縄まで。人口の多さと、サラリーマン層の多さという点で東京の各地を取り上げているボリュームが多いのだが、特筆すべきは、札幌の定食 に関する記述がやけに分量が多いこと(第1章の「いの一番」にとりあげられているのが札幌の「おかわり1・4食堂」であるのもこの証左なのかもしれないが)。
残念ながら当方は北海道の地を踏んだことがないのでわからないが、一度でも住んだことのある人にはたまらない描写なんでしょうね。

と、あれやこれやの定食学徒の面目約如といった感のある本書。「定食」をめぐるエッセイとして読んでもいいし、「定食」の食物史、あるいは「定食」の食 べ歩きガイドマップとして読んでもいい。どの読み方でも楽しめるはずである。

【レビュアーから一言】

本書によると「定食学」を志す者の心得として、

・外からメニューがわかり、店内の様子も覗ける店を選べ
・明るい店内と気持ちのよい接客に着目せよ
・ 豊富な小鉢とお代わり自由のシステムは栄養価でもありがたい
・女性客が多い店は、清潔で居心地がいい

という「定食初心者」へのアドバイスから

・店内が見えないときは、メニュー情報をチェックすべし。安めはやや安心
・やさしいサービス精神はちょっとした工夫にあり
・ 商品見本が食品サンプルでなく、その日につくった「生」であるとはずれがない
・人の流れにも注意。サラリーマンや近所に住むようなおじさんが入っ ていくなら期待大
・客がマナーを守って喫煙している店は「大人度」が高い。寛容の精神も必要

といった「定食上級者」になるためのアドバイスが嬉しい。そして極めつけの「定食達人」をめざすためには

・ のれんの力強さや佇まいから、実力店のオーラを感じよう
・でたとこ勝負でもし失敗しても、それを楽しめるぐらいの心の余裕を持つ

ということが要点であるそうなので、達人を目指すかたはしっかりとおさえていきましょう。大学生からビジネスマンへと年齢を重ねていくにつれ、男女を問わず「定食」を使いこなす場面が増えてくる。「大人の証」としてマスターしてみてはいかがでしょうか。

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