関西弁の”迷”探偵、ここに降臨 ー 黒崎 緑 「しゃべくり探偵 」

十数年前には「関西弁」というと、日本の方言の中でも、なかなか抜けない、標準語に矯正されることの難しい方言として名を馳せていたのだが、漫才や関西芸人の全国的活躍によって、もはや日本中のTVで聞かない日はない、新しい「公用語」の地位を確立してしまったような気がする。その関西弁が蔓延していて、全編これ。関西弁の「しゃべくり」という、なんとも大阪っぽいミステリーが『黒崎 緑 「しゃべくり探偵 ーボケ・ワトソンとツッコミ・ホームズの冒険ー」(創元推理文庫)』である。

【収録と注目ポイント】

収録は、「番犬騒動」、「洋書騒動」、「煙草騒動」、「分身騒動」の4篇となっていた、配役は、ホームズ役が「保住」、ワトソン役が「和戸くん」で、保住がツッコミ、和戸がボケという妙なとりあわせで、この二人が、かけあい漫才のようなしゃべくりをしながら事件を解決していくという筋立て。

「番犬騒動」は、ゼミの指導教授である守屋教授からイギリスへの団体旅行(といっても、途中、カレッジで授業を受けたりするプチ留学みたいなもの)に誘われた「和戸くん」が、費用稼ぎのバイトの話。バイトは守屋教授の紹介で、犬の散歩を毎日、朝晩にやるという簡単なものだが、なんとその報酬が破格の一日2万円。
犬は、大型犬のシェパードなのだが、特段に凶暴というわけでもなく、なぜ、そんな大金を、この程度のバイトに出すのか、という謎を「保住」が解決していくお話。事件自体は、何が起きると言うわけでもなく、和戸のバイト自体も無事終了して総計50万円を稼いでいるので、事件を解決というよりは、おきるかもしれなかった事件を解決、といったものなのだが、「保住」の推理にかかると、甲子園を目指す高校生や高校の死にもの狂いの暗闘がかくれていた(らしい)、なんともおおがかりな事件なのである。

2作目の「洋書騒動」は、イギリスへ旅だった「和戸くん」が、当地で遭遇する、洋書の盗難事件。
ツアーの一行の中の金持の嫌味なボンボンが、ロンドンの古書街で買った高価な(3万円という、貧乏学生には想像できない価格)洋書がホテルで盗まれるという事件。その洋書を買ったことはツアーの一行しか知らないし、おまけにホテルの部屋のボストンバッグの中から忽然と消えていたという事件なので、犯人は、ツアーの一行、すなわち「和戸くん」の同級生の学生たちに限られる。

しかし、相部屋に置かれていて、電子ロックまでかかっているボストンバッグから、どうやって洋書を抜くことができたなのか、というもの。われらがツッコミホームズ「保住」は電話で相談を受けて、推理を展開していくのである。ネタは、本はカバーと本体で構成されている、ということと英語の本なんてちょっと眺めただけで内容がわかるほど勉強しちゃいねーよ、というあたりがヒント。

3作目はこの本で最初で最後に殺人事件がおこる「煙草騒動」。

殺されるのは、和戸くんの通っている東淀川大学で昨年まで講師をしていて、今はロンドンに留学にきている「亜土良 愛」という美人の女性。彼女が、守屋教授や和戸くんたち御一行のお別れパーティの最中に、鋭利な刃物で刺殺される。
しかも、普段は吸わない煙草を死ぬ間際に、わざわざ吸ったまま死んでいた、というおまけつき。末期の煙草というのは、以前ヘビースモーカーだった私には気持ちがわからんではないが、普段1本も吸わない人が、わざわざ吸うとは思えない。そうこうしているうちに、友人の「高田」が犯人に疑われスコットランドヤードに連行してしまう。友人の危機を救うため、というよりは「和戸くん」に電話相談をもちかけられやむなく、謎解きに乗り出す「保住」の推理やいかに、という具合。

ネタは、美人の女性が殺されるときにありがちな、「捨てられた男の恨み」というやつなのだが、殺人事件がおきた現場では、途中、高田と、同じくツアーの一行の「清沢」の喧嘩さわぎや、ツアーの通訳兼ガイドの風見(鶏)がシチューを頭からかぶってしまうような騒ぎが、真相をうまくカモフラージュしていく。

最後の4作目「分身騒動」は、このツアーの参加者、高田や鷲尾がイギリスに言っている最中に、日本では彼らの分身、ドッペルゲンガーが出現していた、という話。

おまけに不精な高田のドッペルゲンガーは部屋の掃除までしてくれていた、というまるで小人さんのような分身である。ドッペルゲンガーといえば、その分身にいつか本人が出会い、その数日後、本人は死んでしまうというなんとも物騒なもので、いつ出会ってしまうのか怯える鷲尾の頼みに、「保住」が謎解きを始めるのだが・・・、というもの。

どうも、この謎には、守屋教授の弟(大学近くでフランス料理屋をしている設定。第1作めに、この店の話題がでていて。なんと、それが4作目の伏線になっていたのである)がからんでいて、もって回った表現をすれば、いずれもアジア系に日本人離れしている、直接的にいえば、東南アジア系の顔をしている高田や鷲尾、和戸の面々が、留守中を、うまく利用されてしまっていた、という話なのだが、ちょっとネタバレすると、その裏で糸を引いていたのは、守屋教授だったのだ、という推理が展開されていく。

【レビュアーから一言】

4篇とも、探偵役の「保住」は現場にいくわけでもないし、証拠調べや聞き取りをするわけでもない。あくまで「和戸くん」やその友人のしゃべりをもとに謎を解いていくという典型的な「安楽椅子探偵もの」

おまけに、すべてがしゃべくりで書かれているというものなので、ミステリーを読んでいるというよりも、マンザイのかけあいを聞いているような具合である。本格ものばかりで肩が凝ったときは、これで頭をほぐすのも良い。

そして、「守屋教授」ってのはモリアーティだろうし、「亜土良 愛」ってのはホームズがただ一人惚れた女性「アイリーン・アドラー」のもじりだろうし、あちこちにホームズものパロディっぽいのが散りばめられているのも楽しめる一冊である。

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