「本能寺の変」のターゲットは信長ではなかった? ー 明智憲三郎「本能寺の変 431年目の真実 」

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2020年のNHKの大河ドラマが、2019年の近代ものから戦国ものに復帰して、「大河は時代劇じゃないとなー」ってなことを言っている方も多いだろうし、さる有名女優の薬物騒動で急遽キャストが変わったり、と本筋でない話題が多い気がしているのだが、これも、歴史上一番名高いといっていい「謀反劇」の主人公である「明智光秀」を
主人公にしているせいであろうか。

たしかに、有名な「謀反劇」でありながら、それが起こされた動機というのがいまいちはっきりしないせいか、黒幕説をはじめとして様々な怪しげな説が飛び交う事件であることは間違いない。そんな「本能寺の変」について、明智光秀の子孫が、その真相を解明した、という触れ込みなのが本書『明智憲三郎「本能寺の変 431年目の真実 」(河出文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグー問題だらけの本能寺の変の定説ー
第一部 作りあげられた定説
 第1章 誰の手で定説は作られたか
 第2章 定説とは異なる光秀の経歴
 第3章 作られた信長との不仲説
第二部 謀反を決意した真の動機
 第4章 土岐氏再興のの悲願
 第5章 盟友・長曾我部氏の危機
 第6章 信長が着手した大改革
第三部 解明された謀反の全貌
 第7章 本能寺の変はこう仕組まれた
 第8章 織田信長の企て
 第9章 明智光秀の企て
 第10章 徳川家康の企て
 第11章 羽柴秀吉の企て
第四部 敵わなかった二つの祈願
 第12章 祈願「時はあめが下しる五月かな」
 第13章 祈願「国々は猶のどかなるとき」
エピローグー本能寺の変の定説を定めた国策

となっていて、まず本能寺の変の動機として言われる、家康饗応の際の叱責の逆恨み、とか信長から天下を奪う出来心、あるいは足利幕府や朝廷への忠誠心といった、光秀が本能寺の変を起こしたといわれる定説に対して

新聞の三面記事に載るような事件ならいざ知らず、天下統一を進める信長を支えてきた光秀が怨みで殺人事件を起こすでしょうか。また、「信長は天下が欲しかった。秀吉も天下が欲しかった。光秀も天下が欲しかったのである」という高柳氏の野望説の根拠説明に説得力があるでしょうか。
四百年以上に渡って言われ続けてきたのでそう思い込んでしまっていますが、随分子供じみた幼稚な動機とは思いませんか。
怨恨説も野望説もその根拠は「あの羽柴秀吉が書かせた」ということに尽きます。でも、「あの羽柴秀吉が書かせた」が故に鵜呑みにはできないのです。

と、豊臣秀吉に難癖をつけるところから始まるのが、明智光秀の子孫を名乗るだけはあるね、と感心してしまう。ただ、たしかに、明智光秀が実質的に手中にしかけた「天下」をまんまと横取りしたのは秀吉に違いないし、毛利との和睦や中国大返しも、あれだけ見事にやられと、何か裏があるんじゃない・・?と思ってしまうのは間違いない。

そこらへんの疑念を根底に」おきながら、筆者は光秀が本能寺の変を起こすきっかけになったのが

第一次構造改革は石山本願寺問題が片づいた天正八年(一五八○)に行なわれている。このとき信長は、譜代の家臣である佐久間信盛、林秀貞、安藤守就、丹羽右近らを追放して大幅な政権・領国の再編を実施した。「譜代から実力派へ」の再編である。
これにより譜代家臣を退けて光秀、秀吉、滝川一益ら実力派家臣を織田家臣団の主流に引き上げたのだ。
(略)
これに対して第二次構造改革は、今度は「実力派から織田家直轄へ」の再編だった。
信長はすでに二十代半ばとなっていた三人の息子、信忠、信雄、信孝に重要な地位と領地を与える一方、それまで信長を支えてきた武将たちは各方面軍司令官として遠国に派遣し、征服した地に移封し始めた。(略)実力派家臣に与えた領地を織田一族に再集約しようとしていたのだ。

とし、さらには

信長はゆくゆく国内を三人の息子たちに分割統治させ、有力武将たちは国外征服に派遣し、その地に領地を与える構想を柵いていたのだ。いずれ国内には恩賞として与える領地がなくなることを見越し、合理的に判断した結果だったに違いない。さらに、実力派の武将たちを国外へ送り出すことによって、国内で謀反が起きる芽を摘むことも狙っていたかもしれない。

といったあたり、天下布武が目の前に見えてきたあたりの、織田軍団の「変質」を鋭く突いていて、それまで、信長の軍略の忠実な実行者へあった光秀にも、その変改の影響があったのかも、と思わせるに十分な話ですね。そして、信長が討たれた「本能寺の変」は実は、天下統一後に国外へ派兵したときに起きる謀反の可能性や、信長の死去後に自分の子孫の天下を脅かす可能性のある

家康と重臣を一堂に集めて一挙に抹殺してから三河へ攻め込み、指揮能力を失った徳川軍を降伏させることだ。これであれば作戦は短期に終結し、味方の損傷もほとんどない。

と天下統一を盤石にしておこうという陰謀を、光秀がうまく利用したのだ・・、ってな説が展開されていくのだが、これ以上は原書のほうで確認をしてください。

【レビュアーからひと言】 

家康の暗殺が背後にあった、という説は、箕輪諒さんの「殿さま狸」でもそんな描写があったように思うし、「へうげもの」によれば、信長を手にかけたのは、素破あがりの秀吉であったということになっていたから、本書の説は奇説ながら面白いねーと思ったのだが、「歴史書」のかたちになると結構批判もあるらしく、Amazonのレビューでもそんな書き込みがされているものが散見されますね。ただ、「本能寺の変」が起こされた真相ってのは以前「藪の中」なんだから、異説・奇説・珍説とりまぜて楽しんでしまえばいいんじゃね、と思う次第であります。
大河ドラマのほうは「正統」なところを中心にするのでしょうが、こうした奇説も知っておくと数倍楽しくなるような気がいたします。歴史研究家の人たちからすると「えーっ」といった説もでてくるのですが、そこはおおらかな気持ちで読むのが一番楽しく読めると思います。

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