澪は、幼馴染の秘密を「蕪料理」で守り抜く ー 高田 郁 「みをつくし料理帖 今朝の春」

奉公していた上方の大店の料理屋「天満一兆庵」のご寮はん・お芳と江戸へ逃れてきた下がり眉毛の女性料理人「澪」が、江戸の小さな料理屋「つる屋」を舞台に、その料理の腕で評判を上げていく「成り上がり」ストーリー「みをつくし料理帖」の第四弾が『高田郁 「みをつくし料理帖 今朝の春」(時代小説文庫)』。

前巻までで、大坂で幼馴染で仲良しだった「野江」の行方もわかり、再建ができた新「つる屋」での商売も、鱧料理での澪の腕の冴えや、彼女の考案した「三方よしの日」などの工夫で人気を回復してきたのだが、それが宿敵・登龍楼との新たな戦いのステージへと誘導するのが今巻。

【収録と注目ポイント】

収録は

「花嫁御寮ーははきぎ飯」
「友待つ雪ー里の白雪」
「寒紅ーひょっとこ温寿司」
「今朝の春ー寒鰆の昆布締め」

の四話となっていて、第一話の「花嫁御寮」は両替商の跡取り娘の美緒お嬢様に大奥ご奉公の話がきて、そのために澪がお嬢様に「包丁扱い」を教えることとなる。ところが、箸より重いものをもったことのないお嬢様ゆえ、料理の腕はからっきしで、「つる家」の中は大騒ぎ。そうこうしているうちに格式の高そうな武家の大奥様っぽい老女が訪ねてきて、「ははきぎ」のことを尋ねるのだが・・・、と二人の「みお」をめぐる勘違いのお話。

「ははきぎ」とはほうき草の古名らしく、これを食べるようにするには

乾燥させ、茹でてから幾度も水に晒して硬い皮を外すのです、皮が外れるまで気が遠くなるほど冷たい水で揉み洗いせねばなりません。そして重しをかけての水抜き。

と、おそろしく手間がかかるらしいのだが、澪はこれを「白いとろろに薄緑の実」の載った飯に仕上げることに成功する。さて、老女の反応と正体は、といった展開。

第二話の「友待つ雪」は、「つる家」の常連の戯作者清右衛門が、なんとあさひ太夫を題材に戯作を書こうと企画する鼻血、「あさひ太夫」は本当に実在するかどうか怪しい存在、その正体を暴いてみようというのが清右衛門のねらいである。あさひ太夫に会うために、郭のまずい料理を食べざるをえず、辟易していて、清右衛門は澪に、旨い蕪料理を食わせてれたら、何でも望みを一つきいてやると約束する。澪の考案した料理は

蓋を取る。淡雪のような何か。上に山葵が載っている。葛あんのために湯気が封じ込まれているらしいが、器に触るととても熱い。清右衛門は匙を手に取り、あんに山葵を溶きながら淡雪を崩した。
(略)
また、ひと匙。淡雪の下に鮃が隠れていた。

という「隠れ里」と名付けた料理なのだが、その料理に隠された意味は?そして、澪が清右衛門に頼む「望み」は?、という展開です。この話で、「旭日昇天」という卦をもった野江が水害で運命が大きく転変し、吉原で「あさひ太夫」となったのか、の過去もあわせて明らかになります。

第三話の「寒紅」は先の二話とは打って変わって、「つる家」に手伝いに来ている、澪と同じ長屋住まいで、太一の母のおりょうと、その亭主伊佐三の話。このおりょうのところへ、お牧という若い娘が訪ねてきて、「伊佐三と別れてくれ」と切り出し、ひと悶着となる。この騒ぎは、その後、お牧が太一を誘拐しようとするところまで発展するのだが・・、という展開。最初は、若い女に「くらっ」ときてしまった中年男とその男を諦めきれないが諦めようとする古女房の話かと思わせるのだが、実は伊佐三が本当にやっていたことは・・・といった人情話ですね。

さて、表題作でもある最終話の「今朝の春」は、毎年出るはずの料理屋の番付が今年はでない。なんと、つる家と登龍楼で票が割れて大関位が決まらないため。版元としては、決着を着けないことには年が越せない、ということで、つる家と登龍楼の同じ食材を使った競い合いで決しようということになる。食材は「鰆(さわら)」、ところが残念なことにこの魚、大阪では春が旬とされる魚で、寒鰆は、澪はあまり得意でない、おまけに試作の途中、包丁使いを誤って腕に大怪我をしてしまい絶対絶命のピンチ・・、といった展開である。
そして競い合いの当日、澪は「昆布をが白い芯が見えるまで掻いて、それで鰆の切り身をくるりと巻いた」ものだけで勝負するというのだが・・・、といった筋立てである。勝負の行方などなどは本書を読んでいただくこととして「Simple is Best」が成功の秘訣となりますね。

【レビュアーから一言】

このシリーズで、澪が思いを寄せている「小松原」の正体が、江戸幕府の「膳奉行」であることが、この巻の最初のほうで明らかになります。膳奉行というのは、三河以来の直参から選ばれていた役職なのですが、200石から300石クラスの家格のものがあてられていたようなので、「小禄」の旗本の役職ですね。もっとも、澪のような立場から見ると見上げるような「エライ人」であったのは間違いないですね。

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