上方出身の「下がり眉毛」の女性料理人「澪」が、江戸の小さな料理屋「つる屋」を舞台に、その料理の腕で評判を上げていく「成り上がり」ストーリー「みをつくし料理帖」の第五弾が『高田郁 「みをつくし料理帖 今小夜しぐれ」(時代小説文庫)』。
前巻では、「あさひ太夫」こと幼馴染・野江の秘密が戯作者によって公表されるのを「蕪料理」で防いだり、宿敵・登龍楼との料理屋番付を争う「寒鰆」対決で凄腕を見せた澪だったのだが、今回も、あさひ太夫のいる楼・翁屋の花見料理や、伊勢屋のお嬢様の婚礼料理に大活躍であります。
【収録と注目ポイント】
収録は
「迷い蟹ー浅蜊の御神酒蒸し」
「夢宵桜ー菜の花尽くし」
「小夜しぐれー寿ぎ膳」
「嘉祥ーひとくち宝珠」
の四話で、第一話の「迷い蟹」はつる家の下足番のふきの弟で、登龍楼へ奉公に上がっている健坊が「つる家」に藪入りしてくるほのぼのとした感じで始まるのだが、本筋は、つる家の亭主種市の離別した女房・お連が訪ねてくるところから。種市がこの「つる家」を開業した理由である愛娘「おつる」がなぜ死んだのかの理由がこの篇で明らかになる。それは、二十年前、種市と暮らしていた「おつる」が実の母親・お連と暮らし始めたことから始まる。彼女は、お連たちの借金のかたに老人の金持ちの妾にされそうになり、自ら命を絶ったというもの、そして、それを企んだ、お連の再婚相手であった絵師の錦吾が落ちぶれているのを発見し、種市は彼を殺そうと迫るのだが・・・、という展開。
第二話の「夢宵桜」は、あさひ太夫の楼主「翁屋」の依頼を受けて、吉原の「花見」の料理を、澪が調理する話。たかが「花見」の料理といっても、金に明かせて贅沢をし尽くしている大商人や、御家門の武家などだから、生半可なものでは満足してもらえない。これを見事に「下がり眉の料理人・澪」が仕上げて、大向こうを唸らせました・・・という、まあ一種の典型的な成功譚。ところが、ここに将軍家に近い血筋のご落胤である、祥雲という坊主がでてくるあたりで話が難しくなる。まあ、ここのところは「あさひ太夫」の見事な武功で解決するので、ここらは原書のほうで。さらには、澪に吉原で料理人をやらないか、というスカウト話が持ち上がります、
第三話の「小夜しぐれ」は、澪と名前が同音の伊勢屋の一人娘 美緒の縁談話。伊勢屋の「美緒」は医者の源斎に惚れているのだが、こうした時代、大店の縁談話といえば、惚れた相手がいても、そこはお店を守るためには・・・というのが習い。今回も定番通り、その展開なのだが、それにわがまま娘の美緒がどう対応するか、というのがこの話の読みどころであすね。
最終話の「嘉祥」はこのシリーズには珍しく「お菓子」の話。といっても澪が考案するのではなく、澪の思い人「小野寺数馬」が、幕府の行事に出す新しいお菓子の考案に苦労する話。小野寺の妹の旦那・駒沢弥三郎も登場して、なにやら賑やかに苦労話が展開される。小野寺の家が「澪」の存在を当惑しながら、好意的に見ているのが、なんとなく嬉しいお話。
【レビュアーから一言】
本書の第二話で、澪が披露するのは「菜の花」づくしの料理で
椀の鮮やかな朱色に白魚の白、菜の花の淡い緑と黄、それぞれが互いの色を引き立て合い、心憎いばかりに彩鮮やかな一品に仕上がっているのだ。
というものなのだが、当時の菜の花は「菜種油」をとる貴重なアブラナを菜っ葉のうちにくっちまうというものなので、どうかするとけっこう悪趣味な料理なのだが、これがすんなりと喜ばれるのが「吉原」というところの現世離れしたところでしょうか。
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