又次の死後、澪は大飛躍のために力を溜める ー 高田郁「みをつくし料理帖 残月」

料理屋「つる屋」を舞台に、その料理の腕で評判を上げていく「成り上がり」ストーリー「みをつくし料理帖」の第八弾が『高田郁 「みをつくし料理帖 残月」(時代小説文庫)』。

【収録と注目ポイント】

収録は

「残月ーかのひとの面影膳」
「彼岸までー慰め海苔巻」
「みくじは吉ー麗し鼈甲珠」
「寒中の麦ー心ゆるす葛湯」

となっていて、まず第一話の「残月ーかのひとの面影膳」では、前巻で翁屋の料理人で「つる屋」の貴重な助っ人「又次」が、吉原の大火事で命を失ったもともとの原因をつくった、蔵前の札差「摂津屋」がつる屋に澪を訪ねてやってきます。彼は又次が澪に何を託したのか、そして「あさひ太夫」の身の上の秘密を知りたくてやってくるのですが、澪の厳しい拒絶によって果たすことができません。まあ、これが後になって良い結果をもたらすのですから、澪の態度も「良し」としましょう。

今話の料理のほうは、上方のほうでは好まれるのに江戸では相手にされない「高野豆腐」をなんとかしたい、という、澪の新たなチャレンジから始まります。

江戸では「氷豆腐」と呼ばれているものを、なんとかして名品にしたいと奮闘するのですが、なかなか思うように任せないのはいつものこと。苦しんで生み出したのが、氷豆腐の粉を衣として「つなぎ」に使うという方法で、これを使った揚げ物は

「こいつぁ」
噛み始めて、誰もが一旦、噛むのを止める。噛んで、止める。また噛んで、また止める。
(略)
胡麻油と醤油、それに生姜の味hがするが、どうにも病み付きになる噛み心地なのだ。

ということで、盂蘭盆会の三日間、鳥獣や魚などを口にしない「三日精進」の時の「精進料理」として店に出されます。店主の種市は「三日精進鍋」という無粋な名前をつけるのですが、江戸っ子は「噛んでるとじわじわ味が出て、昔の色んなことを思い出しちまう」ということで「面影鍋」という風流な名前をつけて人気となります。これが後の巻でもう一化けするのですが、それは次巻のお楽しみ。

第二話の「彼岸までー慰め海苔巻」は、澪がつくった大根を剥いた「剥き物」が、翁屋で新造をしていた「しのぶ」が落籍された先で、結婚祝いにもらった「鶴と亀の剥き物」と符合して、行方知れずの天満一兆庵の若旦那・佐兵衛の行方が判明する話。佐平次は、天満一兆庵の江戸店が潰れた経緯を喋ってくれるのですが、「登龍楼には関わるな」という謎の警告を残します。

第三話の「みくじは吉ー麗し鼈甲珠」では、焼け落ちた吉原で、登龍楼が吉原店を再建しようとしているですが、ここの板場の料理人に澪をスカウトしようとして誘いをかけてきます。まあ、こういう厚顔無恥な要請に、澪が応えるわけはないのですが、断りついでに切った啖呵で、「吉原で商うに相応しい逸品をつくってみろ」という喧嘩を買ったことになっての顛末。ここで、後の展開に大きな影響を持つ「玉子料理」を創作するのですから、澪の料理人魂もたいしたものです。

第四話の「寒中の麦ー心ゆるす葛湯」では、皮肉屋の戯作者・清右衛門から「あさほ太夫」と「澪」との関係を聞いたつる屋の主人・種市が、澪を「新しい道」へ送り出すため、つる屋を離れさすことを決意します。彼女が上方から裸一貫で江戸へ出てきてから、娘のように世話をしてきたのですから、その寂しさはひとしお。娘を嫁に出すような感じでしょうね。
話のほうは、以前「お芳」に言い寄っていた、日本橋の旅籠「よし房」の主人・房八が結婚することとなり、その「祝い膳」を澪がつくることとなります。その料理をつくるところで、一柳の柳吾と、息子の版元・坂村堂が喧嘩をはじめ、激昂した柳吾が倒れてしまう。そして、その介護を「お芳」が務めることとなるのだが、その結果・・・という展開です。

【レビュアーから一言】

今まで下足番をしていた「ふき」ちゃんですが、今巻から正式に澪のもとで料理人修行を開始します。前巻でも又次の手伝いをしていたので、基礎はできているのでしょうが、最終話で、「よし房」で祝い膳を出した後、澪がつる屋に帰ってみると

鯊は天麩羅用に捌かれ、衣をつけるばかりとなっている。むかごもごぼうも下拵えを終えていた。銀杏は割って殻と薄皮を外し、松葉に刺してある。湯気の立つ蒸篭でむされておるのは、匂いからして里芋だ。

といった感じで下準備がしてあるという手際で、澪の跡継ぎとして着々と成長しているのがわかりますね。「みをつくし」が一段落したら、弟と店をもつ「ふきの物語」もお願いしたいですね。

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