栄吉に菓子職人断念の危機が訪れる・・ ー 畠中恵「いっちばん しゃばけ7」

祖母・ぎんが実は大妖「皮衣」で、その血筋のせいか妖怪の姿を見ることができる病弱な廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎と、彼を守るために祖母が送り込んだ妖「犬神」「白沢」が人の姿となった「仁吉」「佐助」、そして一太郎のまわりに屯する「鳴家」、「屏風のぞき」といった妖怪たちが、江戸市中で、一太郎が出会う謎や事件を解決していくファンタジー時代劇「しゃばけ」シリーズの第7弾が本書『畠中恵「いっちばん」(新潮文庫)』

前巻までで、今まで長崎屋の若だんな・一太郎と同志のように行動を共にしていた、菓子屋の息子・栄吉が他店へ修行に出、さらに、腹違いの兄・松之助も結婚し、新店を構えて長崎屋を出たため、一挙に周囲が寂しくなった若だんなと妖のたちが描かれる。

【収録と注目ポイント】

収録は

「いっちばん」
「いっぷく」
「天狗の使い魔」
「餡子は甘いか」
「ひなのちよがみ」

となっていて、第一話の「いっちばん」では、長崎屋に出入りしている日限の親分に、若だんなと妖たちの力で、またまた「お手柄」をプレゼントすることに。もっとも、今回の主役は、寂しくなった若だんなを慰めるため、贈り物をしようと考えた「妖」たち。その贈り物と考えたのが、屏風のぞきや猫又のおしろ、蛇骨婆たちは「春画」、仁吉と鳴家が「菓子」、鈴彦姫、野寺坊たちは「根付」とバラバラなのだが、それらを入手する過程で、最近街を騒がしている「掏摸」の一味の検挙につながっていきます。

第二話の「いっぷく」は、長崎屋が、関西から進出してきた唐物屋の小乃屋と西岡屋に、店の商品の「品比べの会」を挑まれる話。これらの二店の目論見は、長崎屋との品比べを、かわら版で取り上げ、さらに、勝利することで長崎屋のお客を横取りしようという魂胆。ところが、品比べの会に招待されている客筋の情報も不足する中、敵であるはずの小乃屋の若主人があれこれ情報を教えてくれるようになります。それには、若だんなが、前巻「ちんぷんかん」で煙を吸って「三途の川」まで行ったことが幸いしますね。

第三話の「天狗の使い魔」は若だんなの誘拐事件。誘拐犯は信濃山の六鬼坊という天狗なのだが、その動機は、一太郎を誘拐して人質にし、一太郎の祖母の大妖・皮衣に彼の頼みをきいでもらおうというもの。その頼みというのは、彼が親しくしていた修験者・八坂坊が寿命で亡くなったのだが、彼を偲ぶため、彼の飼っていた「管狐」を譲ってもらおうというもの。ここに、若だんなが連れている鳴家や、仁吉、佐助たち、そして、そこに王子神社の狛犬と獅子、そして王子稲荷の狐たちの席次争いが絡んできて、複雑な様相を呈してきて・・・、という展開ですね。

第四話の「餡子は甘いか」は、一太郎の幼馴染・栄吉の修行生活のこぼれ話。意欲はあるのだが、一向に菓子作りの腕があがらない、というか殺人的な腕前をなんとかするために、老舗菓子屋・安野屋で修行を始めている栄吉。彼は、この店に忍びこんだ盗人を捕まえるのだが、その盗人・八助は、物覚えと要領の良さをかわれて職人として採用されることになります。そして、後輩として入った八助なのですが、いつの間にか、栄吉以上に菓子作りもうまくなります。限界を痛感した栄吉を、菓子職人の身途を断念しようかと思い詰めるのですが・・・、と展開。器用さ故に長続きしない者と不器用だが熱意のある者との対比が泣かせるのですが、当方としては、栄吉くんには店の経営の才覚を活かしたほうが良いのでは・・、と思ってしまうのであります。

最終話の「ひなのちよがみ」は、「ねこのばば」で登場した「白壁」のような化粧をしていた紅白粉問屋一色屋の跡取り娘・お雛が、生家の苦境を救うため、生家の商売を手伝い始める。そこで考案した千代紙で作った小袋に入れた白粉が人気商品となる。ところが、白壁化粧を落として薄化粧に切り替えたお雛の清純な可愛らしさに惚れた男性も出現し、許嫁の材木問屋中屋の次男・正三郎は心穏やかでなく・・・という展開。変身した「お雛」を巡っての、二人の男の争いを、若だんながどう決着をつけるか、というところが読みどころですね。

【レビュアーから一言】

第二話の「品比べの会」で、関西が本店の西岡屋の用意するのは「伊万里の大花入れ」といった大物を用意するのですが、長崎屋の出品物は地味なものばかり。当然、客の目を見晴らせるのは西岡屋のほうなのですが、その日の売上のほうは、長崎屋のほうが遥かに上、という結果になります。そこには、全国から大名が集まり、武家の頂点で、公家や寺社も統括する公方様が江戸城に君臨し、数多の儀礼、付き合いがここを中心にして行われている、京都や大阪とも違う「江戸」の特殊さが影響しているようですね。ここらの機微は、原書のほうで確認してほしいのですが、江戸っ子の「粋」に通じる話のように思います。

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